東京国際映画祭に行ってきました。実はこの映画祭に行くのははじめてなのですが、今回は「アジアの風」という興味深いプログラムもあって早めにチケットを予約&GETしてきました(それでも凄い人気で取れなかったものも..)。自分の旅行した国を中心に選んできました。フリーの利点を利用して平日に(※いつもはほとんど遊んでません。この穴埋めは土日等使ってカバー)。それにも関わらずたくさんの人が...。そんな訳で今回はタイ映画「シチズン・ドッグ」です。
シチズン・ドッグ(2004)
バンコクで暮らす青年の奇想天外な日々
CM畑出身で「快盗ブラック・タイガー」('00)で監督デビューしたウィシット・サーサナティアンの第2作。大都会バンコクに出てきた青年の奇想天外な日々をつづるコメディ。
これだけだと普通のコメディかな?と思うんですが、他にも登場人物はたくさんいます。バイクのヘルメットの雨にうたれてゾンビになったバイク乗りの友人、風貌は4歳児だが22歳の女の子と、その相方のしゃべるクマの縫いぐるみ、輪廻転生でヤモリになった田舎のおばあちゃん、何でもなめる癖のある男、中国からの皇帝の女...ちなみに主人公ポッドは普通の青年ですが、冒頭のシーンで働くイワシ缶詰工場で指を落として、他の人と指を交換しています。
....これだけでもかなり興味を惹くんじゃないかと思います。
この映画、タイのアメリと称されるだけあって、それぞれの人物への語り口調や独特の色彩感覚はかなり「インスパイヤ」されているんじゃないかと思いますが、それを再解釈してタイならではのものに仕上がっています。とにかく、不思議な事が日常で次々と起こっていきます。主人公ポッドが思いを寄せる女性・ジンの事を思うと、町中の人の顔が、家の中のブルース・リーのポスターが、はたまた自分の飼っている犬までもがジンの顔になって出てくるんです。ジンが青い服を着たのに主人公がときめくと町中の人が青い服を..。
後半、ヒロインのジンは活動化に啓蒙され、ペットボトルを町中から集めて自宅の近くにためておくのですが、それが塵も積もれば山となるで...これは観てのお楽しみです。
こんな風に日常を誇張しておもしろおかしく描いていますが、この監督が伝えたいのは想像する事の楽しさ、豊かさなのかもしれません。
おそらく日本で公開される時は「タイ版アメリ」というふれこみで宣伝されるのでしょうが、ポップだし、日本でもかなりヒットするんじゃないかと思います。割と淡々としているので途中間延びした感じはありますが、お気に入りの一本です。
シチズン・ドッグ(2004)
バンコクで暮らす青年の奇想天外な日々
CM畑出身で「快盗ブラック・タイガー」('00)で監督デビューしたウィシット・サーサナティアンの第2作。大都会バンコクに出てきた青年の奇想天外な日々をつづるコメディ。
これだけだと普通のコメディかな?と思うんですが、他にも登場人物はたくさんいます。バイクのヘルメットの雨にうたれてゾンビになったバイク乗りの友人、風貌は4歳児だが22歳の女の子と、その相方のしゃべるクマの縫いぐるみ、輪廻転生でヤモリになった田舎のおばあちゃん、何でもなめる癖のある男、中国からの皇帝の女...ちなみに主人公ポッドは普通の青年ですが、冒頭のシーンで働くイワシ缶詰工場で指を落として、他の人と指を交換しています。
....これだけでもかなり興味を惹くんじゃないかと思います。
この映画、タイのアメリと称されるだけあって、それぞれの人物への語り口調や独特の色彩感覚はかなり「インスパイヤ」されているんじゃないかと思いますが、それを再解釈してタイならではのものに仕上がっています。とにかく、不思議な事が日常で次々と起こっていきます。主人公ポッドが思いを寄せる女性・ジンの事を思うと、町中の人の顔が、家の中のブルース・リーのポスターが、はたまた自分の飼っている犬までもがジンの顔になって出てくるんです。ジンが青い服を着たのに主人公がときめくと町中の人が青い服を..。
後半、ヒロインのジンは活動化に啓蒙され、ペットボトルを町中から集めて自宅の近くにためておくのですが、それが塵も積もれば山となるで...これは観てのお楽しみです。
こんな風に日常を誇張しておもしろおかしく描いていますが、この監督が伝えたいのは想像する事の楽しさ、豊かさなのかもしれません。
おそらく日本で公開される時は「タイ版アメリ」というふれこみで宣伝されるのでしょうが、ポップだし、日本でもかなりヒットするんじゃないかと思います。割と淡々としているので途中間延びした感じはありますが、お気に入りの一本です。
映画祭のプログラムには”バンコクに出てきた青年の奇想天外な日々を綴ったシュールレアリスティック・ロマンティック・コメディ・・・”と書いてありますが、MATSUMOさんの記事を拝見すると『タイのアメリ』より、『タイの舞踊り、何でもアリ!』という感じがします。すごそうです! シュールレアリスティック・ロマンティック・コメディに輪廻転生でヤモリになった田舎のばあちゃんは欠かせない要素ですね。アジアの風もいよいよシュールの予感!
韓国は、不治の病、すれ違い、記憶喪失、タブーな恋などがモチーフとして好きですね。こちらもシュール・・・(ハッ!両作品とも、字幕が合っていなかった疑惑!?)
この映画から、シュール..(中略)コメディにはイモリになった田舎のおばあちゃんはマストアイテムになるかもしれませんですよ。
韓国、このキーワードが多いんですよね。目が見えなくなるとか。一度くらい「匂いが解らなくなる」みたいな微妙なポジションの悲劇があってもいいと思うんですけどね。「この崎陽軒のシュウマイの匂いが、わからないの?」とか。
匂いがわからなくなる、というのは大変ビミョーな設定ですね。アンモニアの原液の匂いをかいだ後、一時的に嗅覚を失うような、ハハハ!と笑えるようなものから、崎陽軒のシュウマイの匂いがわからなくなるという、日本人の琴線に触れる深い悲劇まで幅広いですね。泣き所は結構万国共通ですが、匂いは画面で描きにくいので、取り組みにくいのでは?
ところで、輪廻転生した田舎のばあちゃんはヤモリなんでしょうか、イモリなんでしょうか。ヤモリかイモリかで、シュールさに大きな差が出ると思うんですが・・・ここは監督としても、大変こだわりたい所と思います。
なんだか不謹慎な話になってしまいましたけど、崎陽軒のしょうゆさし、初代デザインは「フクちゃん」の横山隆一先生みたいですね、その後「オサムグッズ」の原田治さんに代わり、最近初代のデザインに戻ったそうです。表情もたくさんあるそうですよ。
田舎のばあちゃんは、ひょっとしたらイモリだったかも...しれません。ああ、この違いって微妙...。タイに行ったときに壁にくっついている白い「そいつ」をよくみかけたんですが、幸福の象徴とされているようですよ。