平和ボケ者の独り言

勝手な妄想と独り言

人はなぜ感動するのか(男性の場合)

2021年08月28日 | 独り言
滝・地層・海・森・草原・山・そして断崖絶壁など。感動する景色を見て心が中和されるのは、人類が始まって今まで、ずっと見てきたもの記憶だから。

工場・スポーツカー・飛行機・高層ビル・船・機械的な人工物をみて胸踊るのは、人類が始まる前に見てきたものだから。


感動。それは中和。


人は今まで見てきた世界にしか心を動かされない。


あなたの心が動くものに出会ったり見たりしたときは、それは貴方の中のDNAが反応している現象であって、生まれる前の無限のあなた達が触れたり体感してきたことなのかもしれない。


人はなぜ感動するのか?


それは貴方の中の眠れる生まれる前の記録と云う魂が過去の記憶に再び出逢えた時に発芽する生まれる前の自分と心がシンクロしている状態だと私は思ふ。

日本は大陸での争いが嫌になった人たちが渡ってきてた

2021年05月23日 | 独り言
中国の四川省にある崖の上の村の動画をみた。
その村の住人がなぜ断崖絶壁の上に住むようにったのかははっきりとはしてないが、おそらく争いを避けるために崖の上に住居をかまえたのではないかといっていた。

台湾もそうだが大陸での争いに負けた蒋介石率いる中華民国が入ってている。

そんなこんな考えると、大陸の争いに負けた人たちが朝鮮半島に追いやられ、その中でもまた温厚な人たちが日本に渡ったのではないか?
そして朝鮮半島には気の短い人たちが残った?

もちろん日本にも土着の民たちがいたのだろうが大陸を追われた王族が朝鮮半島に追わわれそれからまたそこで争いがありそこから逃れた王族が対馬海峡をへて日本の国に渡ってきたのかもしれない。

そしてその温厚な渡来人と土着の言葉と混じり合わせ、大陸に情報を察しされないように大陸の言葉と差別化したのが日本語だったのかもしれない。

今の日本語は明治期に作られた現代日本語であるのもまた上と同じような理由もあるのだろう。簡単な文字カタカナから教しるということは今の日本語教育もみならってもらいたい。

日本人は温厚な本来は喧嘩を好まない遺伝子をもったひとが多い人たちの集まりだったのかもしれない。

安い国にっぽん 失われた30年の理由

2021年05月16日 | 独り言
失われた三十年の始まり。その序章は前の世の教育を受けた人たちが年をとり定年退職等で影響力がなくなり始めた頃から。
戦前の教育と言うものを深堀りすると終戦時二十歳を超えていた人達だと思う。それは私が大正生まれまた昭和初期生まれの色々な方々とお話を聞いた上でそう感じている。
その戦前の教育を受けた方々が社会への影響力が少しずつなくなり初めて今ではもほぼ影響力が0になってしまった。
僕らが幼い頃、小学校で“戦争を知らない子ども達”と言う歌を歌わさられていたが、実際にその社会がきてしまっているのである。

日本の衰退の大きな要因の一つはやはり戦後の教育だと思う。戦後の教育の何が良くて何が悪いは漠然とし過ぎていて文字にすることは難しいが、戦前の世の中と比べてみて「日本人ってこんなに真面目だったかなぁ?」「庶民がそんなみんなにおもてなししてたかなぁ?」「日本人ってここまで空気読んでたかなぁ?」などなどいくらでもでてくる。

前の世の中を肯定しているわけではない?

意見を抑えて我慢してる世の中に成長はあるのかなと思う。

ちゃんと意見を出し合って話し合って解決していくことが世の中の成長に繋がって行くものだと私は思っているのだけれど、良いと言われる意見しか主張できない、褒められないような教育を受けてきた人たちばかりの日本人達が大多数になってしまっているので、この国は三十年数年前から停滞し成長してないのかかもなぁ。と呟いてみたくもなってくるのである。

量子もつれといないないバァやかくれんぼ

2021年04月15日 | 独り言
幼児とかくれんぼをしているときに量子もつれと重なった。

見えてない時、または隠れてる時、それは波動なんじゃないかと ありえない 笑


目を閉じてる時、見てないものそれはすべてが波動的なもので形をなしてない。


もしかして接してない触れてない物質もまた波動であったとしたらダークマターは隣接しており観察者のフォーマットにより形、触れ方、見え方が違うとのではないだろうか?

地球生物のフォーマットである。


またニュートリノは観察者的物質にはなりえないのではないので量子の波動状態の中をすり抜けることができているのだろうか?

目を閉じれは世の中は全て波動、精神世界と言うフォーマットが作り出した宇宙観を地球人達が地球人的視点だけでみているのだろうか?


幼い頃、自分以外の人も自分が見ているものと同じもの(世界)見えているのだろうかと不安になった素朴な疑問。人間として確定される通過儀礼だったのだろうか?

ほとんどの人が幼児の頃の記憶はない量子を大人とは違うフォーマットで見ていたからではないだろうか?大人になりフォーマットが確定されてしまうので、乳歯が生え変わるように世界の見方が変わる。

目をつぶれは世の中は波動の物質の世界、己のフォーマットで世の中を見る。
目をつぶった精神世界がまさに波動のように心の中のマイナスと波動の世界のプラスが地球上の生物たちの世界観を創り出しているのかもしれない。

この国

2021年04月05日 | 独り言
よくみんなこんな国にいきてられるな!

まぁ俺も(この国に)生きているけど死んでないことがの方が不思議だわ。

ことばの乱れ

2021年04月05日 | 独り言
なんなんだ、今の日本のこの言葉に乱れは?

カタカタ英語が多すぎる!!

アホか!

アホ化!

なんなんだこのカタカナ英語の多さは!!意味わからん!

もしかしてみんなバカなのか?

だったらもう、英語か日本語かどっちかにしてくれ!

もちろん英語を日本語に十割約せないのは承知の上だが約することが出来るのは訳しましょうよ。

公的書類にもカタカナが多いなんてどういうことよ。

世界一変な英語単語を話す日本人をこの国はそうんなに増産したいのかいよ。

本来日本語は美しいのに今の日本人の話し言葉はゴチャゴチャしすぎてなけてくる。

男女平等

2021年04月05日 | 独り言
先日に世界の男女平等で日本は世界で130位と言う記事をみた。

男と女が対応でないこの日本で男女平等なんてなりたたないでしょ。男と女が少なくとも対等な存在うことが男女平等の一歩なのにそれすら出来てなくというか、欧米文化と土台が違うからね。

僕個人としては欧米圏みたいに男女対等な社会に日本もなってもらいたいけれど、日本じゃむりでしょ。謙虚・したたか・物言うと打たれる。自分の意見すらも口にしてはならない。してもいいが遠回しだったり、陰湿だったり。


でも、本来の日本は現代みたいじゃなくて少なくとも今よりは自分たちの意見を口にしてたと思う。男女平等にしても、かちょうふうの男女平等で日本は世界で130位と言う記事をみた。

男と女が対応でないこの日本で男女平等なんてなりたたないでしょ。男と女が少なくとも対等な存在うことが男女平等の一歩なのにそれすら出来てなくというか、欧米文化と土台が違うからね。

私個人としては欧米圏みたいに男女対等な社会に日本もなってもらいたいけれど、日本じゃむりでしょ。謙虚・したたか・物言うと打たれる。自分の意見すらも口にしてはならない。してもいいが遠回しだったり、陰湿だったり。


でも、本来の日本は現代みたいじゃなくて少なくとも今よりは自分たちの意見を口にしてたと思う。男女平等にしても、明治に家父長制がしかれるまでは、男女たいとだったんではないのかなぁ。


僕が関わってきた明治・大正生まれの方々は現代人(昭和元年生まれ以降の人)よりは男性も女性もはっきりと意見をいっている人が多かった。

昭和生まれになると元年生まれの人でも終戦を迎えるのが19才くらい。
この人達は男は徴兵されてさ練兵されまうって戦地にいったか、もしく行く直前に終戦をむかえたか。あまりしごきにしごきまくられて戦争に対しては打たれまくった記憶しかない人も多い。
女性は、ハイカラな女学生になれるおもっていたら学生時代は頭に神風や必勝のはちまきを書かれたはちまきをして工場で飛行機の部品作り。


それ以降の人たちも戦争を体験したといってもまだ右も左もよくわからない10才未満。


要は大正生まれと昭和生まれでは心の時代感に大きな乖離があるのだ。
昭和20年を堺に、前の世の中と今の世の中に分かれる。
明治大正生まれの方々はそれを“大人になったのち体験している”。ここが大きなポイントだ

戦後、日本の奇跡の復興と言われているものがあるがこれは前の世の中の教育を受けてきた方々がまだまだ現役だったから成し遂げられたものであって昭和生まれの人達がとりわけ牽引したからではない。
ただ、言われたことをやっただけなのだ。

前の世の中がすべて良いとは言わないが、それがなかったら日本が欧米列強の植民地になっていた可能性は高かっただろう。


ただ、今の世の中の教育を受けてきた日本人が男女対等でもないのに男女平等になれるわけもない。
今の教育(戦後の教育)がいかに愚かで間違っていたかと答えが出るのはそう先の話でもないだろう。

今の日本は明治・大正を暗黒の日本と思わせその部分の記憶を大多数の国民から喪失させているいわば1億総記憶喪失な国家なのだ。

まぁこれは国策だからしかたない。なぜなら大日本帝国を良しとするなら現在の日本と言う国家が攻撃対象にされる可能性が高くなると国家上層部が考えている、もしくはアメリカからのそういう支持がでているのだるろう。

はっきりいって、わかりやすく言えば、戦前までは“空気を読む”なんてことはなかった。おもてなしが日本の文化?そんなのクソくらえだと思う。商売人のおもてなし、上流階級の空気読めよ感を庶民にまでおしつけないでほしい。

意見と意見を出し合って捏ねてぶつけてそして形を整えて斬新なものが出来ていく、人間関係もまた同じ。

男と女もまた同じで、女性に対して低限言っては言葉はたくさんあるが、じゃあ女性は男性に対して何をいってもよいのか?

そこがわかってない人が多い限り、この国には間違った男女平等が蔓延って戦後76年目を迎えるの有様だ。

もちろん白人との素地は違う。だったら男女平等なんて言葉に左右されなければよい。しかし、それは明治のしかれて家父長制によって女性の尊厳が大きく踏みにじられた後遺症であること。

日本は徳川時代までの男と女の対等度に対して多くの人達がもっと知ったほうが良い。歪められた日本の文化感より、本来の人のあり方に近かった日本本来の文化への回帰が必要だ。


そこに戻ってこそ、男女平等の素地ができる。

テレビの天気予報

2021年02月16日 | 独り言
テレビの天気予報はそれなりに当たる。

これで視聴者は「テレビが言っていることは本当だ!!」と無意識的に思ってしまう。

そしてテレビのことを無意識のうちに正しい情報も、間違っている情報も、その人の人生につ必要な情報も信用してしまう。

天気予報は意外と当たる。

これもテレビを信用してしまう思考になってしまう大きな要因だとなのかもしれない。

◯◯依存

2020年11月19日 | 独り言
いろんな依存がある。それをやめるには簡単。自分依存になればよし。
ずべてを自分に依存したら依存症なんてことばは己からなくなる。

そのためには自分自身と話し合いができるかどうか。他人との会話そして話し合いが愛を深めたり事業を成長させていくのに必用なように。自分と話し合いが出来たら自己愛が成長していくもの。

自分の仲の自分と会話や話し合いができてる人は極端な◯◯依存なんてないのよね。

【日本の場合限定】女性が強くなったらこの国に改革が起きやすい土壌ができてる証

2020年08月10日 | 独り言
日本の場合女性が強くなりすぎると世の中が不安定になるような気がする。なぜなら日本の女性は『普通』を好む人の割合が多いような気がするかである。また、日本の文化自体が『お上に従う』と言うような習性と言うか文化を持っていいる。例えるなら会社の社長の言うことには従う。先生の言うことには従。など権威のある人にはしたがわなければならないといった風習が江戸時代の士農工商より受け継がれていいまだその習慣が日常生活の中のあちらこちらに根強く息づいてると僕は見る。

日本の女性はとてもしたたかでそれはそれでよいのだが、したたかであって日本の士農工商以来の習慣を引きずっているかのが悩ましいところ。
上には従う、しなくてはならない、するべきなどの法律とは関係のない『ふつう』に拘るのである。

一歩引いたようなことをしてても、その実、男性を表に立てて操っている。これならまだ良いのだが、現代は女性が強くなって表にでて来ても何も実行力がないのである、それでいてお上に従うという習性(これは女性はない男性もまた然り、しかしそういう男性はたいてい女性から((と言うか女性も意識的ではない))操られていることに気づいていない)があり、結果全体がお上に従うという社会を作っていると僕は考える。まぁこの無意識的なものが『文化』となのだから大抵の人々はそれに築いていないしまた、その社会で過去から現代へ社会がつながっているのでどれだけ西欧が進んだ考えを持っているとわかっていてもその文化を盾にわざわざ変えようとしない力が働くのも致し方ない事実である。

言語が日本語でありかぎりそれは受け継がれていくものであり、どれだけ世の中が改革されようと日本語があるかぎりまた元に戻るものだ。例えで言うと戦後の日本はアメリカ色に染まっていた。ネオンやスーパーのシステム、服装や髪型、音楽スタイルなどなどあげたらきりがないが行動経済成長を終えた時点あたりから日本オリジナル的なものが誕生して始めてきた。改革は起こったが、またより戻しのが生じてきているのである。これは前の世の中(明治~昭和初期(1桁))の期間でも同じような減少が見られる。

女性が強くなったらこの国に改革が起きやすい土壌ができてる証。それは女性が良いと悪いとかではなく、日本のお上に従うと言う士農工商がいまだ日本人の底流しているということではないだろうか?


雇用のことをみてもそうだが、雇用者と経営者は対等ではない。契約上また法律上では対等なのが、多くの起業の事実は違う。これはやはり一般の人々の中に、経営者サイドなら「お上に従え」または「お上には従うもの」。雇用者側は「お上には従わなければならない」と心の奥底に埋め込まれて受け継がれた魂と言う名の文化(習性)があるかではないだろうか。

日本は未だ前の世の中の軍国主義のシステムがの夜中の隅々まで蔓延っている。学校でも役所でも、スポーツでも、大和魂などまさにそれの象徴だ。

未だに戦前のシステムを“お上が”上手にりようしているのである。先にも書いたがそのお上さえも利用していると気づいているか否かはわからないが。


この国には、対等という言葉はあるだけで大まか“みんな”という言葉が主である。個でなにをシたらいいのか?何をかんがえたらいいのかわからないひとばkりだからだ。

日本の女性はお上の言うことに忠実で、みんなそれをやっているから私もそれをやらないと爪弾きにされる。日本女性にとってそれは生き地獄であって考えたくもない自心の状況であるのだ。

それが日本の女性のDNAスイッチの中に刻まれるものであると思う。そして、四季のある日本の気候のなかで主語を使うこがなくなっていった要因なのかもしれない。

我がないから主軸をもたないものしか国のリーダーにならない。我のない国は戦争責任さえも最終責任がだれだったのか戦後75回目の終戦記念を迎えようとしてる現在でも未だ曖昧なままだ。

我のない国は、我のないまま、また“みんな”で戦争に突入していってしまうのかもしれない。

女性はお上のいうことを忠実、なぜなら、みんなの和の中からハブられたくない心理が日本女性には特につよい。そんな不安蔓延している文化がこの国が外圧でしか改革を出来なかった要因のひとうなのではなかろうか。

コロナ、日本人が感染者が他国よりも少ない要因のひとつに

2020年08月10日 | 独り言
言語が一つの要因になっていると思う。日本語は他国に比べて破裂音や摩擦音を日常会話の中ではあまり使う機会がない。反対に他国の言語は息の音だから破裂音や摩擦音ばかりだ。コロナは飛沫感染と言われているので日本人同士の会話の中では日本語以外の言語よりも飛沫はかなり少ないと思う。また似たような言語に韓国語もあるが、韓国人の会話は感情も入ることがあるので日本人より飛沫が飛んでいるのではないか?韓国もコロナ封じ込めに成功したと言われているが、もともと封じ込めやすかった言語であったのかもしれない。まぁ俺がここでこんなことを書いても誰も打ち合ってくれないとおもうけど、日本がコロナ感染者数が少ない理由をつらつら考えていたら、世界でも珍しい発音の日本語、日本人の話し方と現代日本人の人々の気質にあるのではないでしょうか。(完)

愛するとは赦すこと

2020年06月11日 | 独り言
男と女って自分と全く逆の価値観を容認できるかどうかよ
それが

「愛するとは許すこと」

とか男と女の間柄の場合


「愛するとは許し合うこと」



なんじゃないかなぁー

結果
男は女に金持って行ってなんぼ
女は男にセックスさせてなんぼ

究極ここだと思うよ

それをなんかそのままじゃ癪に触れると言うか人間らしくないって言うか
いらんもんかんがえていらんもんついて変になって迷走しはじめ迷路にハマってるひとが多い



あとは男も女もズルい人
男は金は与えずセックスしようというズルい男
女は金は貰うがセックスさせないズルい女


神様が人間に与えた特別な能力思考っちゅう男と女も面倒なものあたえたもんや


結局人間だもの、の前に動物だもの、もっとシンプルに言うと生物だもの自然に従って生きたら大きな幸せと感じれるんじゃないかなぁ


ちなみに幸せと悲しみは1セットだよ

優柔不断って悪いこと?

2020年06月11日 | 独り言
優柔不断の反対は決断力のあるひとです。決断力のある人にあって優柔不断な人にないものは『直感です


決断力のある人って“決断”というのは何か根拠や計算があって決断しているのではなく
その殆どが『直感』なんですよね
まず直感で選択してその選択を正解に導いていくというやり方です。
順番としては『決める、動く、その選択を正解にする』
と言う順番になりますね

直感ですねの結果的に失敗に終わってしまうこともありますがその
その失敗は行動の結果行動は経験となり、経験は直感の礎となり、直感力の精度は上げっていき
そして成功体験が増えていくというわけです
対して優柔不断な人はまず“正解から探ってしまう”悪癖があります
どっちの選択肢が正解7日をまず熟考してから行動にうつそうとするわけです
順番としては『正解を考える、決める、行動する』という順番になるわけですがどちらが正解なんて行動も起こしてないのにわからないんですよね

その選択が正解になるか不正解にななるかはこんごの行動次第になるわけですから
まだ答えのない答えを探しても見つかるわけがないんです迷えば迷うほど、人というのは『どうでもいい』と選択の責任を放棄してしまう心理がはたらきますので
結局は他人の考えにながされることになってしまうわけですね
他人に流された結果が“結果オーライ”だったとしてもそれは自分の意志できめたことはないので責任感もなく
あまり経験値も増えず、直感力も磨かれることもなく優柔不断のサイクルに取り込まれてしまうというわけです

優柔不断の『不断』とは『断つことができない』という悪癖の他にも『やめられない』という悪癖もあります

他人に流される悪癖と同じ様に習慣に流されるという悪癖もありそれが良い習慣ならまだいいのですが
夜更かしや暴飲暴食、無駄遣いやダメな恋愛など悪い習慣もなかなかやめられないんですよね

これもまた『このままじゃヤバいな・・・』という直感センサーが弱いため身をほろぼしてしまうまで悪習に従ってしまうんですよ


優柔不断な人にらりないのは直感力直感に従って失敗を繰り返し経験値を上げて直感力を鍛えてください

考えて動くより、ちょっかんで動くほうが気持ちいいですからね

自己嫌良

2020年06月11日 | 独り言
自己嫌悪じゃくなくて



 “自己嫌良” で行こう






日本人に多いのは自己肯定感の低さ
悪いことが悪いことを引き寄せる


自分の悪いところを探して自己嫌悪のサイクルにはまるより

自分のできているところにフォーカスして、自己嫌良の罠にハマったほうが


おまえの人生丸儲け


おまえの出来てる良いところ


探さなソンソン!


誰かに褒めてもらおうなんておこがましい


なぜならば





おまえのことを24時間365日しっているのは、おまえしかいないんだぜ

子供に期待を届けたいなら あなたのソコで祈りなさい

2020年06月11日 | 独り言
子供って親の期待通りにしか育たないのよ。

でもちょっとはって“期待”ってのは


親の見えない期待の事ね。


例えば

親が大学にいってほしいとか

有名になってほしいとか

そんな表向きの親が自覚するてる顕在意識の期待ではなくて

親の心の中にあるなかにある潜在意識、通称『無意識』の期待ね。




もし親が子供の悪い方向に行く心配などがいい例。

例えばいじめられるんじゃないかなぁ

とか

勉強ちゃんとついていけるかなぁ

とか

交通事故に合わないかなぁ


などなど

ちゃんと育っててくれるかしら?


そんな心配や不安も敏感な子供は“期待”として感じ取ってしまうんだ。



だから親が意識的に期待してても、無意識ってその何千倍もあるからその無意識の期待、すなわちあなたのヤミの部分の期待を敏感な子供は受けとっちゃうわけね。


無意識ってのは基本幼少期に作られるから変えるのは難しい。
また無意識って層は言語化できないからこれまたやっかい。

イメージを圧縮して必要な時に展開し親から反射的ににじみ出てるわけよ。
そのオーラも含めてを子供は敏感に感じ取ってしまう。


あなたの本当の子供への期待ってのはなんなんだろうね。


おそらく意識的期待を子供のためって押し付けるのではなく。
こうなって欲しいとあなたが心の中で祈る。それだけのであなたの無意識の期待は子供に届く。


言葉で願わないで、イメージして祈りあなたの無意識に落とす。
そしたらそれを心が勝手に圧縮してくれるから。


それだけで大丈夫。心の深いところでたった一つのことを祈り続けるだけでOK。


そしたらあなたの期待は思いへと変化して必ず子供のに届くはずだよ。