ポケモンカードは社会現象
日本のポケットモンスターが、
米国では「ポケモン」という正式名称で、ブームになっている。
とくに、ポケモンカードの人気は過剰気味。
カードをめぐるけんかが絶えないからと、
小学校が持込を禁止したり、強いカードに希少価値をもたせる売り方は
違法な宝くじだと、という訴えが起こされたり、
「社会現象」を引き起こしている。
私がポケモンカードの話を聞いたのは、3ヶ月前。
バージニア州フェアファックス郡の経済開発局を取材したときに、
同局のアラン・フォグさんが、こんな話をした。
「この間、うちの子が、友達の家のお泊り会に招かれたときに、
持っていったポケモンカードのファイルから
大事なカードが1枚なくなっているのに気づき、全員の親を呼ぶといったら、
どこからかカードが出てきた。」
あれが社会現象の走りだったのかなと思い返した。
子供向けの雑誌の編集長の
マリー・ベス・ソボロウスキーさんは、
「初めは、子供だけの趣味だったが、なかなか見つからないカードを
さがすために、コインショップを回ったり、インターネットに
アクセスしたりするうちに、親のほうもカード集めに夢中になってきている。」
という。
いまやポケモンカードは、人口は500万といわれるが、
お小遣いやら、手伝いやら、親の協力が、底支えしているのかもしれない。
児童心理学者のロバート・バターワース博士は、
「親も子も販売戦略に乗せられているだけだ。」と手厳しい。
「うちの子は10ドルのパックを買うと、コインショップでは
20ドル以上するカードが入っているから、買ったほうが得なのだという。
しかし、実際にそれが20ドルで売れるわけではなく、
そうやって、あおられているのだ。
だから、私はこのポケモンカードとは呼ばずに、
ポケットブック(札入れ)モンスターと呼んでいる。」
それにしても、なぜテレビゲームやコンピューターゲームが
全盛の子どもの世界に、切手集めや野球カードへの先祖返りのような
カード集めがはやるのだろうか。
玩具アナリストのリズ・レオナルドさんは
「子どもたちは、カードを交換することで、友だちと
遊べるのが、楽しいのでしょう。」
と分析する。
テレビゲームなど仮想現実の世界で遊んでいた子どもたちが、
ときには不公平な交換に泣き笑いしながら、生の人間関係の迫力に
目覚めたのではないだろうか。
ポケモンカードのキャラクターのように、子どもも
「進化」する。
(1999年10月29日 主張・解説 経済面 アメリカの風より
一部抜粋)
ニンテンドーDSで、ポケットモンスター金・銀が
リメイクされて、発売され、現在も人気を誇っている。
ポケモンを知ったのは、コロコロコミックだった。
当時、小学3年、4年だったと思うが、
ポケットモンスターブルーが通信販売限定のみで
発売されることになり、それを買ったのがきっかけだった。
151種類という数も、小学生にとっては、
覚えていくのが楽しくなる数であり、
何より、1つのポケモンでは、完成されないのが、面白かった。
通信ケーブルというもので、交換しなければ、
進化しないポケモンがいたり、
また、他のシリーズ赤、緑にしか出てこないポケモンもいるのだ。
135種類くらいまで、集めたのを最後に、
通信対戦というもので、勝負にこだわっていった記憶がある。
ポケモンカードも、おそらく最後に集めたカードだろう。
ドラゴンボール、ガンダム、と集め、
小学5年か6年の始めくらいだったと思う。
カードを使って対戦というよりも、やはりそこは
どれだけコレクションとして、持っているかとのことなんだろう。
公園には、必ずといっていいほど、カードは持っていったし、
友だちとの交換が、何より楽しかった。
小学生の頃の集めたカードで、
実家には、レアカードだけは捨てることができず、
数10枚ほど残っている。
大人だと、株になるかもしれないが、
子どもにとっては、レアカードが何よりも大切なものである。
10年後、このカードを見たら、昔のことをきっと思い出させてくれる代物だ。
日本のポケットモンスターが、
米国では「ポケモン」という正式名称で、ブームになっている。
とくに、ポケモンカードの人気は過剰気味。
カードをめぐるけんかが絶えないからと、
小学校が持込を禁止したり、強いカードに希少価値をもたせる売り方は
違法な宝くじだと、という訴えが起こされたり、
「社会現象」を引き起こしている。
私がポケモンカードの話を聞いたのは、3ヶ月前。
バージニア州フェアファックス郡の経済開発局を取材したときに、
同局のアラン・フォグさんが、こんな話をした。
「この間、うちの子が、友達の家のお泊り会に招かれたときに、
持っていったポケモンカードのファイルから
大事なカードが1枚なくなっているのに気づき、全員の親を呼ぶといったら、
どこからかカードが出てきた。」
あれが社会現象の走りだったのかなと思い返した。
子供向けの雑誌の編集長の
マリー・ベス・ソボロウスキーさんは、
「初めは、子供だけの趣味だったが、なかなか見つからないカードを
さがすために、コインショップを回ったり、インターネットに
アクセスしたりするうちに、親のほうもカード集めに夢中になってきている。」
という。
いまやポケモンカードは、人口は500万といわれるが、
お小遣いやら、手伝いやら、親の協力が、底支えしているのかもしれない。
児童心理学者のロバート・バターワース博士は、
「親も子も販売戦略に乗せられているだけだ。」と手厳しい。
「うちの子は10ドルのパックを買うと、コインショップでは
20ドル以上するカードが入っているから、買ったほうが得なのだという。
しかし、実際にそれが20ドルで売れるわけではなく、
そうやって、あおられているのだ。
だから、私はこのポケモンカードとは呼ばずに、
ポケットブック(札入れ)モンスターと呼んでいる。」
それにしても、なぜテレビゲームやコンピューターゲームが
全盛の子どもの世界に、切手集めや野球カードへの先祖返りのような
カード集めがはやるのだろうか。
玩具アナリストのリズ・レオナルドさんは
「子どもたちは、カードを交換することで、友だちと
遊べるのが、楽しいのでしょう。」
と分析する。
テレビゲームなど仮想現実の世界で遊んでいた子どもたちが、
ときには不公平な交換に泣き笑いしながら、生の人間関係の迫力に
目覚めたのではないだろうか。
ポケモンカードのキャラクターのように、子どもも
「進化」する。
(1999年10月29日 主張・解説 経済面 アメリカの風より
一部抜粋)
ニンテンドーDSで、ポケットモンスター金・銀が
リメイクされて、発売され、現在も人気を誇っている。
ポケモンを知ったのは、コロコロコミックだった。
当時、小学3年、4年だったと思うが、
ポケットモンスターブルーが通信販売限定のみで
発売されることになり、それを買ったのがきっかけだった。
151種類という数も、小学生にとっては、
覚えていくのが楽しくなる数であり、
何より、1つのポケモンでは、完成されないのが、面白かった。
通信ケーブルというもので、交換しなければ、
進化しないポケモンがいたり、
また、他のシリーズ赤、緑にしか出てこないポケモンもいるのだ。
135種類くらいまで、集めたのを最後に、
通信対戦というもので、勝負にこだわっていった記憶がある。
ポケモンカードも、おそらく最後に集めたカードだろう。
ドラゴンボール、ガンダム、と集め、
小学5年か6年の始めくらいだったと思う。
カードを使って対戦というよりも、やはりそこは
どれだけコレクションとして、持っているかとのことなんだろう。
公園には、必ずといっていいほど、カードは持っていったし、
友だちとの交換が、何より楽しかった。
小学生の頃の集めたカードで、
実家には、レアカードだけは捨てることができず、
数10枚ほど残っている。
大人だと、株になるかもしれないが、
子どもにとっては、レアカードが何よりも大切なものである。
10年後、このカードを見たら、昔のことをきっと思い出させてくれる代物だ。
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