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無し

ウッドロー・ウィルソン大統領はロスチャイルドの手先だった

2024-02-24 06:51:46 | 陰謀論
 
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✳️【ウォーバーグのバックアップで大統領になったウッドロー・ウィルソン】
 1910年、ロードアイランド州選出の共和党上院議員、ネルソン・オルドリッチは、中央銀行実現の具体的なプランを練るべく、ジョージア州の大西洋に面した、モルガン所有のリゾート地、ジキル島で秘密会議を招集します。(中略)
 
 こうして、オルドリッチは1910年の議会に連邦準備制度法案を提出しましたが、当時の野党民主党はオルドリッチ法案に激しく抵抗します。審議が長引く中、同年の中間選挙で共和党は議席を減らして少数派に転落してしまいました。
 
 ここで諦めてはすべて水の泡となるため、ウォーバーグは、シフとともに、1912年の大統領選挙で連邦準備制度に協力的な候補として、民主党のウッドロウ・ウィルソンに白羽の矢を立てます。「とにかく連邦準備制度理事会を通してくれ。そうすれば資金は出す」と、クーン・ローブ商会として彼を全面的にバックアップしました。
 
 彼らの協力を得たウィルソンは大統領選挙に勝利し、翌1913年3月4日、正式にアメリカ大統領に就任します。
 
 ウィルソンはスポンサーとの約束を守りました。新政権の発足後ほどなくして、ウォーバーグの悲願であった連邦準備法が成立します。これが、現在まで続くFRBの成り立ちです。 内藤陽介〈みんな大好き陰謀論〉より
 
 
✔️【真相〈ウィルソンは大統領になったことを後悔していた〉】
 ウッドロー・ウィルソンの大統領在任中の言葉にこういうものがあります。
 
 「私は最も不幸な人間だ。私はうっかりこの国をダメにしてしまった。この偉大な産業国家は今、金融制度に支配されてしまった」
 
 この事実を無視しているので、内藤陽介の主張がただの我田引水に過ぎないことがわかっていただけると思います。
 

1907年の金融恐慌はユダヤの陰謀で起きた

2024-02-24 06:48:11 | 陰謀論
 

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✳️【外国資本】
 ロスチャイルドは英国の財閥ですから、アメリカにとっては外国資本です。外国の銀行が、株式を大量に取得して、FRBを支配することは制度上できません。
 
【ポール・ヴァールブルク】
 ポール・ヴァールブルクは、1868年8月10日、ハンブルクに生まれました。ロンドンとパリでビジネスマンとしての基礎的な訓練を積んだあと、1891年、祖父が創業したM・M・ヴァールブルク商会に入社し、1895年には共同経営者となりました。
 
 ニーナとの結婚当初、ポールはハンブルクを拠点としていましたが、義父のソロモン・ローブが老齢で健康が悪化し、ニーナがアメリカへの帰国を望んだため、1902年、ニューヨークに移り、クーン・ローブ商会に入社します。アメリカに渡ったので、姓を「ウォーバーグ」と英語読みするようになりました。
 
 渡米したポールは、なによりもまず、第2合衆国銀行の特許失効以来、60年以上にもわたり、中央銀行が存在しなかったアメリカの異常さに驚愕します。これでは金融制度が機能しませんし、デフレも解消されるわけがありません。早速、『アメリカは中央銀行を必要としている』と題する報告書をまとめ、妻同士が姉妹という姻戚関係にあったジェイコブ・シフに提出しました。(中略)
 
 1907年10月、モンタナ州の銅山王F・アウグスタス・ハインツらがユナイテッド銅社の株買い占めを謀って失敗したことから、金融恐慌が発生しました。これを機に、アメリカの産業界・金融界は中央銀行の必要性を認識するようになったのでした。 内藤陽介〈みんな大好き陰謀論〉より
 
 
✔️【真相〈ポール・ウォーバーグはロスチャイルドのエージェントである〉】
 内藤陽介はまったく触れていませんが、実はポール・ウォーバーグはフランクフルト・アム・マインのロスチャイルド銀行に勤めていたという過去があり、クーン・ローブ商会はロスチャイルドのニューヨーク支店ともいうべき会社なのです。
 
 さらにジョージ・アームストロング〈ロスチャイルド・マネー・トラスト〉には、「ポール・ウォーバーグはロスチャイルドの諜報部員としてアメリカに送り込まれた」とすら書かれています。
 
 こんな人間がFRBの議長になれるというのによくもぬけぬけと「ロスチャイルドは英国の財閥ですから、アメリカにとっては外国資本です。外国の銀行が、株式を大量に取得して、FRBを支配することは制度上できません」などと言えたものです。
 
【ジェイコブ・シフの恐慌予言】
 次に1907年の金融恐慌なのですが、1906年、ニューヨーク商工会議所でのジェイコブ・シフのスピーチにこのようなものがあるんです。
 
 「もし我が国の通貨制度が改められなければ、遅かれ早かれ、これまでの恐慌があたかも児戯に見えるようなとてつもない恐慌に見舞われるだろう」
 
 金融恐慌が起きたのは、その翌年のことです……。
 
【金融恐慌はモルガンの陰謀だと断言するフレデリック・アレン】
 また、1949年、歴史家フレデリック・アレンは雑誌〈ライフ〉に、次のような言葉を発表しています。
 
 「モルガンは1907年秋の株式市場の不安定な状況をうまく利用して、それが進行するにつれて悪化するように導いて、金融パニックを促進させた」
 
【世界恐慌がFRBの陰謀だと指摘し続けたミルトン・フリードマン】
 ダメ押しにもう1つ。
 
 ノーベル経済学賞受賞者、ミルトン・フリードマンは「世界恐慌はFRBの陰謀だ!」と指摘し続けていました。
 
 そしてミルトン・フリードマン90歳の誕生パーティーの席で、当時のFRB議長であるベン・バーナンキが、世界恐慌がFRBの陰謀であることを認め、ミルトン・フリードマンに謝罪しているんです。
 
 こうした例からも1907年の金融恐慌が、モルガンの、すなわちロスチャイルドの、すなわちユダヤの陰謀であることは間違いないと言えるでしょう。
 
【まとめ】
 ●ポール・ウォーバーグはロスチャイルドのエージェントである。
 
 ●金融恐慌や世界恐慌がユダヤの陰謀と指摘する有識者は多くいる。