空中楼閣―Talking Dream―

好きなものを徒然なるままに。

橋本治『双調 平家物語』(中央公論新社)

2012-12-15 12:38:47 | 読書
全15巻。長い戦いでした……。

考えてみれば、橋本治は『窯変 源氏物語』も『桃尻語訳 枕草子』も、大好きだけど、
全巻通して読みきれたことがなかったのでした(おい)
凄い仕事だからこそ、途中で力尽きて、後は気になるところ拾い読みになるというか。

転勤して、電車通勤になったから読破できたんだろうなあ。

何しろ、「平家物語」なのに、全然、平家が出てこない(笑)


「序の巻」(1巻)

本家「平家物語」の冒頭部分、ご存知でしょうか。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」から始まる、アレ。
「…ひとへに風の前の塵に同じ。」までが有名だと思いますが、続きがあります。
(古典の教科書とかには載っている。)
「遠く異朝をとぶらへば、秦の趙高、漢の王莽……」と、
中国史における「おごれる人」の名前がずらずら並ぶんですが、
この『双調』では、「そもそも、秦の趙高という人物は…」と、ひとりひとりの解説が始まったw
それも、最初の秦・漢のあたりはわりとあっさりだったのが、
唐の時代に話が及ぶに連れてどんどん詳細になり、特に則天武后の話あたりは長く、
極め付けが「唐の禄山」つまり、安史の乱における玄宗、楊貴妃、安禄山のエピソードは
もうがっつり、それだけで歴史小説。
面白かったですけどね。
美しいだけで中身はからっぽ、ゆえに誰からも愛される楊貴妃、孤独な玄宗、
哀れな安禄山、そして密かな英雄・史思明。
とことん愚かな悪役が楊国忠。
皆が歴史の大海に葬り去られる様はまさしく「諸行無常」。
ここだけでも十分面白かったけど、これは「平家物語」なのか?


「栄華の巻」(1~4巻)

前述した平家物語冒頭は、「異朝」の次に
「近く本朝をうかがふに、承平の将門、天慶の純友…」と続きますので、
その辺の話が来るかと思いきや!
「そんな連中は小物、真の『おごれる人』は、藤原道長でしょう」的な解説が入って、
藤原氏の祖、鎌足から話が始まった。日本編のはじまりは大化の改新前夜。

蘇我蝦夷がなかなか魅力的。
「日出処の天子」(山岸凉子)の毛人が、厩戸とあんなズブズブの関係に陥らずに
ふつうに友情育めていたらこうなっていただろう、と思わせる、まっすぐな人物。
その分、息子の入鹿が厄介な男に描かれていましたが。
途中で蝦夷の回想になり、その中で
蝦夷の父・馬子が「現・皇統のそもそも(継体天皇即位の事情)」を長々と語るという、
「いつになったら大化の改新起こるの」的なことにもなりましたがw、
鎌足と中大兄皇子(前の名前が「開別(ひらかすわけ)皇子」になっていた。
確かに近江神宮の祭神としての天智天皇は「開別天皇(ひらかすわけのすめらみこと)」だけど。)
の出会いが描かれ、大化の改新があり、白村江の戦いがあり、壬申の乱があり、
藤原京造営があり…と、もう完全にノリは「日本通史」です(笑)
「平家物語」でなくてええやん、と。
面白かったけどねー。

中大兄皇子は悩める青年。弟の大海人皇子はカリスマ、ヒーロー。
大友皇子は有能な人物で「臣下だったら良かったのに」…とその死を悼まれる。
これが「源氏物語」の光源氏のモデルである、と。
(帝王の器だが、即位すると国が乱れるので臣下になるべき皇子)

満を持して出てくる持統天皇が、もう怖いのなんのw
則天武后と即位の年が一緒とか、知りませんでした。そういう時代なのか。
持統天皇は、ヤンデレ。彼女の中にはずっと、姉・大田皇女への対抗心があり、
夫にとっていつまでも姉后が本命であることが耐えられない。
彼女にとって世界の中心は、わが子・草壁皇子。
その血統を皇位に就けることこそが、彼女にとっての正義。
そのために不本意ながら「中天皇(なかつすめらみこと)」にさせられる、
元明・元正の両女帝は、気弱な女性たちで、
持統天皇の正しい後継者は、ずっと傍で彼女を支えてきた、県犬養橘三千代。
その三千代と藤原不比等との間に、後の光明皇后が誕生し、
持統天皇の思いは彼女たちに引き継がれる。
一方、女たちの大きな期待を負わされて即位した聖武天皇は、そこから逃れるように
平城京を離れて「さまよえる都」を造営し続ける。

聖武天皇が光明皇后に自らを委ねて平城京に戻り、
大仏が建立され、史上初の女皇太子・孝謙天皇が即位し、
女たちの支配する世に反しようとした橘奈良麻呂の乱が、
光明皇后に擁された藤原仲麻呂によって制されるまで。
(歴史の教科書に載ってなかったけど、奈良麻呂って拷問死だったんですね…)


「父子の巻」(5巻)

日本版・楊国忠と化した愚かな藤原仲麻呂こと恵美押勝の愚かな叛乱と自滅、
(ちょうど安史の乱と時期が一致する不思議。)
妄執に取り付かれた称徳女帝と道鏡の醜聞、女帝の死と「女帝の時代」の終焉。
実は「栄華の巻」~「父子の巻」って、壮大な「女帝論」なんですよね。
前述した、蘇我馬子の語りの中でも、推古天皇の即位に絡んで、「女帝のあり方」が語られるし。
蝦夷ははっきりと「女帝萌え」だしw

称徳天皇の異母姉妹、井上内親王と不破内親王による「女禍」を克服し、
冷徹なヒーロー、桓武天皇は平城京を捨てて平安京を作り上げる。
…井上内親王が実際に呪詛をしていたVer.の話は初めて読んだかもなー。
早良親王は無実だという描き方だけど。

平安時代に突入したら一気に話は駆け足になり、
道長のことを語る、と言ってたわりに、道長絡みもあっさりだしw


「保元の巻」(5・6巻)

藤原道長の栄華と源平の争乱の間にはものすごい断絶があると思っていたんだけど、
実は地続きであった、ということがわかる話。
道長の息子の頼通がものすごく長生きだったのも一因ですが。
道長の娘がみんな后になってしまったために、次代の頼通には娘を入内させる余地がなく、
気づけば「藤の一族」ではない後三条天皇が即位して摂関体制が崩れる。
後三条帝は藤原氏と戦い続け、早く世を去り、「怪物」白河帝が即位する。

いやあ、今年の大河ドラマもそうなんだけど、結局、諸悪の根源は白河帝なんだなーという。
父の後三条帝を動かすものは「理想」や「信念」なんだけれど、
満たされないものを抱えながら育った白河帝を動かすのは完全に「私欲」。
欠落を埋めようとするがごとく、この世の全てを飲み込み続け、
愚かな藤原摂関家は白河帝の力を増大させ続ける。
この辺から、今年の大河ドラマ「平清盛」のキャストで登場人物がしゃべりだして、
それが全体的に違和感がなくて、読んでいて楽しかったです。
待賢門院の魔性ぶりが凄い。


「乱の巻」(7・8巻)

鳥羽院の高潔さと人間的苦悩、崇徳院の賢さと気高さ、
美福門院の平凡さ(良い意味で)が切ない。
藤原頼長がバカなのが一番悪い、という話(爆)
何しろ、8巻書き出しは、
「既にして頼長は愚かだった。愚かと無能以外に、彼を語るべき言葉はなかった。」
…… ゜・。(。/□\。)。・゜
そして彼を生み出した王朝の世は、彼が保元の乱でまさかの戦死を遂げた後も、
何も変わろうとせず、粛々と続こうとする。
すべてを「なかったこと」にしようとしていく王朝貴族たちが本当に怖い。
で、せっかく保元の乱なのに、見事なまでに(主人公のはずの)平清盛の存在感がありませんw
王朝貴族たちの眼中に入っていないから。
清盛もそれを理解していて、自分の分をわきまえ、うまく立ち回る小心で狡猾な人物。

あと、後白河帝即位のあたりで、鳥羽院が内親王(後の八条院)の即位を考え、
信西が、孝謙/称徳女帝の時代の例を出して諌める、というくだりがありました。


「平治の巻」(8~10巻)

絶対に「武」を受け入れない王朝の世を、理解できなかった源義朝の悲劇と、
自らが育てた後白河院の特異性を理解できなかった信西入道の悲劇。
いやー、後白河が凄すぎるw
藤原信頼を排除しようとして、
信西が後白河に安史の乱を描いた絵巻(こだわりの時代考証w)を献上するんですが、
それを見た後白河がまさかの「安禄山萌え~武将コスの信頼萌え~」を口にし、
「そうか! 信頼をなぞらえるべきは安禄山でなく楊貴妃だったか!」と信西が悟る…という
ものすげえシーンが。いや楽しかった。

後は、悪左府頼長を翻弄し、後白河に愛され、信頼を掌の上で転がし、
重盛に一途に片思いされる成親さんの魔性っぷりが最強でした(誇張なし)


「平家の巻」(10巻~11巻)

小心に立ち回っていたらいつの間にか太政大臣にまで成り上がっていた平清盛。
この物語の清盛は決して暴虐でもなくヒーローでもなく、
ささやかに目の前のことに対処している間に気づけば「暴君」と呼ばれてしまう男です。
後は…信頼亡き後も、後白河の男色描写がずーっと続くなあ。


「治承の巻」(12~14巻)

さすが平家物語、平重盛の存在がとっても大きい。清廉で優秀な男。
苦悩する二代目、というよりは、深謀遠慮の人、という描き方で、
清盛にとっての最大の障壁となって立ちはだかる存在になっています。
対する異母弟・平宗盛はただただ「怠惰」……何かもう残念すぎて(笑)

小督も祇王・祇女・仏もしっかり登場。
鹿ケ谷の陰謀(というほどでもない戯言が大事に)も詳細に描かれ、
鬼界が島での俊寛の描写も、彼を追って島へ渡る有王の冒険もちゃんと出てくる。
しかし、赦免状に俊寛の名前がなかった理由が
「小物すぎて存在自体を忘れられていた」ってのが悲しすぎる。

以仁王は自意識過剰なバカ、それに殉じさせられる源三位頼政入道の悲劇。
「乱」が発覚した理由は、新宮十郎行家に誰も口止めをしていなかったから。
これ以後、行家の邪魔者っぷりが凄くて、かなりイライラしました。


「源氏の巻」(14~15巻)

文覚(袈裟御前とのエピソードもあり)のもたらした偽の院宣をきっかけに
挙兵する源頼朝。
頼朝は決して猛将でもなく知将でもないけれど、
「人の上に立つ」者のあり方を理解していた。
一方で清盛は決断力もなく暴虐でも無いのだけれど、迷いに迷った末に、
周囲から非難される選択をしてしまう。
二人に共通するのは「小心さ」かな。
富士川の戦いの後、怯えて福原に遷都する清盛は、
白村江の戦いの後に大津京に逃れる天智天皇や、
もはや何に怯えていたのかもわからない聖武天皇と重なる。

関東の武者たちの名前は全然なじみがないのですが、
信州の部分だけ、大河ドラマ「風林火山」に出てきた一族が多くてちょっと楽しかった。


「落日の巻」(14巻)

清盛に最期まで影を落としていたのが「あの女」だったというのは辛かったなー。

清盛死後、気づけばメインは木曽義仲に。
全編通して、一番好意的に描かれている人物だった気がします。
私が義仲贔屓であることを差し引いても。
もちろん、単純でバカな面もあるんだけど、侠気があって潔い。
爽快ですね。
だからこそ、彼には幸せになってほしかったなあ……行家め。

すべては壇ノ浦の海に沈み、都にはなおも続く「栄華」という甘い悪夢だけが残る。
王朝が持っていた、藤の一族が有していた「力」は、草薙の剣と共に海中に去り、
力を失った都は承久の乱で敗北する。



全編通して、相当、身も蓋もない物語でした(笑)完璧な人間なんていないよね。
しかし読み応えあったわー。面白かった。
重盛・義仲・知盛あたりがカッコ良く描かれているのは、
やっぱり「平家物語」だなーと思いますが、一人ひとりに対する洞察が凄い。

とってもおススメではありますが、結構、読者を選ぶかな…
中国史と飛鳥~天平と源平合戦が好きな人は是非読んで欲しいシリーズです。
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