一人の絵描きとして、いつも私は普通の兵隊とは別の空間に住んでいた。生命そのものが危機にさらされている瞬間にすら、美しいものを発見し、絵になるものを発見せずにいられなかった。
頭の中に画面を想像してはモチーフをそこにおさめるための構図を考えつづけていた。人の死に直面しているときでも、頭の中でそんな作業をくりかえしている自分に、絵描き根性のあさましさを感じて思わずぞっとするときもあった。
しかし、この絵描き根性があったがゆえに、ほかの兵隊たちが完全な餓鬼道に陥っているようなときにも、一歩ひいたところに身を持していることができたのだろう。
絵描きであったことは、私の特権であり、私の幸せであったと感謝している。
立花隆著『シベリア鎮魂歌-香月泰男の世界』(2004年8月、文藝春秋刊)より。
同書の第1部は、1970年に文藝春秋から刊行された香月泰男著『私のシベリヤ』のテキスト部分の再録。実は、当時29歳で学士入学で東大哲学科に在籍していた立花氏がゴーストライターを務めていた。
文章の背後に、香月さんの生言葉(そのメモ)がそのまま存在している部分もあれば、私が一連のやりとりをふまえて、少し抽象度の高い文章表現にまとめてしまったところもある。基本的に香月さんは概念的抽象論をよくする人ではないから、抽象度の高い文章のくだりは私が書いた文章だ。
強く印象に残っている冒頭の文章は、画家の言葉をふまえつつも、立花氏の文章なのだろうか。
2004年2-3月に東京ステーションギャラリーで開催された「没後30年 香月泰男展」を観た。画家の作品、特に代表作「シベリア・シリーズ」を初めて観て、感銘を受けた。
立花氏の著書を購入したのは2004年10月(Amazonの購入履歴で確認)。
東京会場は正直いってちょっとガッカリした。だいたい東京会場では展示点数すら全57作品のうち32点しか展示しないという唖然とするような展示をしていた。(中略)(東京以外は全点出している)。東京会場は会場の狭さもあって見せ方も、もうひとつだった。
本回顧展は、東京を皮切りに、2004年いっぱい、山口・札幌・茨城・石川・静岡を巡回していた。
(なお、当時の東京ステーションギャラリーは、現在の場所ではない。)
ぜひともこの巡回展をやっているうちにいずれかの会場におもむいて実物を見ることをおすすめする。相当の交通費がかかったとしてもそれだけの価値がある。特に東京会場しか行かず、全点を見られなかった人には、「あなたのような見方では、まだシベリア・シリーズを見たことにはならない」ということを強調し、ぜひそうしなさいとおすすめする。
そこまでおすすめされたら仕方がない。
運良く、東京からかなり近い場所(最後の巡回地・静岡県立美術館、2004年11-12月)で開催中。新幹線で行った。初めての静岡県立美術館。改めて感銘を受けた。鈍行で帰った。
2021年は、画家生誕110年にあたり、記念の回顧展が開催される。
2021.7-9 宮城県美術館
2021.9-11 神奈川県立近代美術館葉山館
2021.11-22.1 新潟市美術館
2022.2-3 練馬区立美術館
2022.4-5 足利市立美術館
少なくとも宮城では、シベリア・シリーズ全点が出品されるとのこと。練馬巡回時に行くつもり(臨時休館リスクを考えると、行けるなら葉山巡回時が良いかも)。
立花隆氏のご冥福をお祈りします。