聖コスマスと聖ダミアヌスは、3世紀末の小アジアで活動した双子の医者。人間と動物のあらゆる病気を治すことができ、しかも報酬を全く受けとらなかった。ディオクレティアヌス帝の大迫害時に殉教する。
『黄金伝説』の「聖コスマスと聖ダミアヌス」より。
ローマの聖コズマ・エ・ダミアーノ教会に仕える男がいた。
その男は、片脚を癌に蝕まれていた。
ある日、男の夢のなかに、双子の聖人、聖コスマス(コズマ)と聖ダミアヌス(ダミアーノ)が、ぬり薬と手術道具をもって現れる。
「この腐った肉を取り除いて、代わりに新しい肉を補わなくてはならないが、さて、その肉をどこから手に入れたものだろうか。」
「聖ピエトロ教会の墓地に今日エチオピア人がひとり葬られた。あの死体は、まだ新しい。あれをもってきて、ここに使おう。」
2人は、墓地からエチオピア人の脚を持ってきた。男の太ももを切り取って、そのあとにエチオピア人の太ももを植え込み、傷口に念入りにあぶら薬を塗った。そして、切り取った男の脚は、エチオピア人の胴体につけた。
眠りから覚めた男は、脚が全く普通に動くことに大喜び。男から夢の話を聞いた人々が、エチオピア人の墓を確認しに行くと、エチオピア人の太ももは切り取られていて、代わりに男の太ももが墓に入っていた。
参照:『黄金伝説3』平凡社ライブラリー
フラ・アンジェリコが上記伝説を主題に描いた作品。
フラ・アンジェリコ
「サン・マルコ祭壇画」のプレデッラ
《黒い脚の奇蹟(助祭ユスティニアヌスの夢)》
1438〜40年、37×45cm
サン・マルコ美術館、フィレンツェ
男の部屋。
登場人物は3人。
男と聖コスマスと聖ダミアヌス。
ベッドに横たわる男の脚に、黒い脚をくっ付けたところである。
グロテスクと思う一方で、同主題を描いた他の作例と比べると、ずっと静かで敬虔な舞台。
他の作例だと、登場人物が多かったり、切り取られた脚の生々しさが付け加えられたり、エチオピア人が登場したり、そのエチオピア人が生きているように描かれていたり、とグロテスク度が格段にアップする。
本作品は、フィレンツェのサン・マルコ美術館が所蔵する「サン・マルコの祭壇画」に付属するプレデッラ9枚のうちの1枚である。
プレデッラの中央パネル(死せるキリストへの哀悼)を除き、聖コスマスと聖ダミアヌスの物語が描かれる。本作を含む2点はサン・マルコ美術館が所蔵するが、他はワシントン、ミュンヘン、パリ、ダブリンにある。
「サン・マルコの祭壇画」は、メディチ家の当主コジモが、サン・マルコ修道院の主祭壇画として、1438年にフラ・アンジェリコに注文したもの。
サン・マルコ修道院は、もとはシルヴェストロ会のために建設されたが、コジモが1436年に買い取ってドメニコ会に委譲し、コジモが資金を提供して廃墟と化していた建物の再建工事が建築家ミケロッツォにより行われる。その主祭壇は、聖マルコとともに、メディチ家の守護聖人である聖コスマスと聖ダミアヌスに捧げられることとなる。その祭壇画として「サン・マルコの祭壇画」が制作される。
フラ・アンジェリコ
《サン・マルコ祭壇画》
1438-40年、220×227cm
サン・マルコ美術館、フィレンツェ
聖母の前にひざまづく双子の聖人。
絵を見る人のほうに顔を向けている左側の聖人が聖コスマス(=コジモ)である。