『ちゃんとした日本人になる!』
目下、精進の日々。
古事記に関するの本を読むと同時に、最近は画像にある「限りなく日本を愛す」という、愛国の書を読んでいる。
この本は、昭和四十年に書かれたもの。
でも、その頃からすでにNHKやマスコミの偏向報道や、民主主義という美名の下での刷り込み思想、それから波及する日本弱体化の有様を指摘している。
あらためて、その内容には驚愕した。
そして、私の中にある「愛国」というものを、しみじみと実感した。
この本に書かれた内容を知っていたなら、私は違った私になっていたと思う。
だけど、それもこれも、私自身がこの本の内容を理解し得るようになったから、今、手に取ることが可能になっただけなんだよね。
・・・だって、私は日本人でありながら、深く眠った、寝ぼけたままの、日本のことをちゃんと知らない、日本人としての自覚ない人間だったから・・・
この愛国の書にも古事記の内容が多々掲載されている。
古事記に関する本はもう一つ「古事記と日本国の世界的使命」というのも読んだ。
こういった古事記関連の本にも、同じように、日本の現状と重なることがたくさん書かれている。
そんな意味では、古事記は預言書。
そして、古事記は日本の原点・理念、いわば「計画書」のような「設計図」のような「取り扱い書」のようなもの。
日本人にとっては必読のものであり、なぜ自分が今此処に生まれたのか、この国はどんな国なのか、だからこそなぜ自分は日本人なのかが分かる。
ただ、原文の古事記解釈はその解釈の仕方で内容が違って来る。
本当の意味を知るには、本物を読むしかない。
その本物を探すのも、この地球に生まれた楽しい作業ではあるかも・・ね。
・・・・・ ◎ ・・・・・ ◎ ・・・・・
以前、「本物・偽物・似非物」に書いた内容。
余命三年時事日記や、桜井誠さんや、kazuyaくんや、馬渕睦夫さん。
アパホテルの南京大虐殺の件や、DHCの会長メッセージの件などなど。
様々な方向から側面から立ち位置から、本当のこと真実、真理を伝えてくれる存在が有る。
混沌としたこの今、「本物・偽物・似非物」を見分ける必要性が求められる。
日本社会の戦後の縮図、あまりにも「偽物・似非物」が多過ぎた。
だけど、それらはやがて崩壊する。
人々が持つ、見分ける力、見抜く力、見極める力の向上と共に。
どうやって見極める?
限りなく本物に近い 偽物
限りなく偽物に近い 本物
・・・・・ ◎ ・・・・・ ◎ ・・・・・
この記事を書いてから一年ちょっと。
その間でさえも、それぞれの立ち位置がさらに明確になり来つつあり、『えっ?』と驚くこともある。
その『えっ?』の度に、自分の立ち位置がそれに対してどういう所にあるかが明確になる。
本物・偽物・似非物・・どこらへんに自分がいるのかが確認できる。
まるで、ゲームのようだね、とも思う。
騙し、騙され、隠し、隠され、暴き、暴かれ、叩き、叩かれ・・・
入れ乱れて、交互に攻防を繰り返す。
先出の「古事記と日本国の世界的使命」にあった、「ユダヤ民族の守護神と日本民族の守護神との戦い」。
だけど、行き着く果ては、全ての人間は「神の子」であるということ。
光りの前に闇は存在できないから、全ては光りに帰すことになる。