絵本と紙芝居の違い その3

検索してこのブログに来られる方も多いです。検索ワードで多いのは「絵本と紙芝居の違い」。

自分でさがしてみたら、同じタイトルで2回書いていることに気付きました。
 2010年6月はこちら
 2009年3月はこちら

付け加えて、紙芝居は「演じる」し、絵本は「読む」のだというのを持論にしている方も多いですね。そして混乱のもとになるのは、

A:「絵が動いている(絵が演じている)ように音にする=演じる・読む」
B:「自分の姿が俳優になったように表現する=演じる」

ABが混同され、しかもやっている本人と受け止める側によって、ABが違うふうに把握されることです。

つまり、自分ではAのつもりでも、見る人がBだと思われることもあるでしょうということで、そんなことで争ってもしょうがない、というのが今の私の考えです。人それぞれ持ち味が違い、自分の感覚と違うようにやれといわれても、それは無理。それは個性を消すような指導をしているようなもの。今、「読み方を、先輩風の人に、一言一言直される・・・」と不快な思いを私に漏らす方も増えています。それは表現の自由を侵すものです。

・・・だから、自己流でやりましょう、自分の道を進みましょう、他の人に対しても「そういうこともあるんだね」と自分の学びにつなげましょう。
自己流でやるための参考として、講座を受けたり本を読んだりすることにしています。
自己流こそが、自分の頭で考えることに一番近いと思うから。

ああ、それから図書館の人というのは行政マンだから、文章の表現について指導などしてくれないのですよね。語句の間違いは何か言うかも知れませんがね。
 以前「本物の絵本」というような表現も、そのままPRに使われ、私はブログ上で批判しました。行政は、表現の自由を侵さずそのまま表に出し、住民自治の立場に立って私は批判し、異論を申しました。今回の「自己流批判」も、文を書いた人の思いが表現されて公になったものだと感じています。異論もあるということを、私は書いておこうと思います。

 図書館の人をかつての「母親のように面倒見のいい先生」みたいにあてにしない方がいいかもしれませんね。すいませんね、「持ち上げといてハシゴをはずすのか」という言葉も私は直に耳にしました。闘うきっかけをくれてありがとう。あなた方は、図書館の一部の流派の人間に利用されて持ち上げられたのだと思いますよ。
・・・なんだか止まらなくなりそうなので、この辺でやめておきます。

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