はい。お待たせしました。昨年に引き続き今年も、金剛山に登山にチャレンジしてきました。
早朝、新聞配達を終え、すぐに出発。日本海側で大雪の恐れがある予報が出ている。山間部、平野部でも積雪の恐れ!止めておこうかなぁ~・・・・と思ったのですが、そこは根性。行くと決めたら行く。
その代り、天気が荒れないうちに登り、下山する。それだけは決めていました。早朝、前日と比べて風はなく、穏やかな感じ。これなら大丈夫だろう。
そんな気持ちで、駅に向かったのだ。
南海、天下茶屋駅の高野線のホーム。 5時45分をさしています。57分発の各駅停車で、まず堺東まで。そこから急行に乗り換え、河内長野まで!
河内長野駅、バスターミナル。③番乗り場から、金剛山ロープウエイ前に乗る。またこれが、早朝から凄い人。あっと言う間に車内は立つ人でいっぱいだった。登山をする方々は、礼儀やマナーが良く、挨拶や、親切な心遣いをされます。見ず知らずの人に「おはようございます。」「こんにちわ。」は、山のルールのようですね。また、バスでは小さな子供を見つけると、「こっちへおいで!座れるよ。」といって自分達のスペースをあけて子供に座らせる。寒い中でホッと温もる気持ちにさせて貰える。なんとなく、登山にはまりそうな気分になる。(笑)
7時50分。いよいよ登山口に。昨年とは違うレートを選択して登ることにした。
やはり、このあたりには雪はなかった。しかしこの先に・・・
光景としては、昨年に似た光景が広がる。
んっ?・・・・なんだ?・・・・かなりきつい登りだなぁ!35年前、中学生の時、耐寒遠足で登ったコースです。
ちょっと待ってよ!こんなきついとこ登ったっけぇ?・・・凄い中学生だったのかなぁ?(笑)
こんな急な階段がどこまでも続いていました。すぐに汗が噴き出て、首のレッグウオーマを外しました。
8時20分、5合目に到着。前に見えるのはお風呂のようですよ。この付近までは、しんどいながらも、楽勝に上がってこれました。持参してるアイゼンもつけずに十分で、ここから以降はどこかで着けるはめになるだろう。そんな気持ちで、やすまずどんどん先を目指します。
これね、35年前に買った登山靴なんです。(笑)私の足のサイズは35年前から成長ないのか?(^◇^)
耐寒遠足と言いましたね!学校からアイゼンを購入するように指示がありました。当時の私は、アイゼン?・・・・何だろう?初めて聞く名前だな?登山時に使うのか?そうか!靴の事か!登山靴の事をアイゼンと言うんだな!そうか!・・・・。
こんな思い込みをしていた少年。母親に、「登山靴を購入するように学校から言われてね!買いに行こうよ。」 母親は「登山靴?なんで?」
不思議に思った母親は、学校に問い合わせ。勿論、アイゼンを指示した事を聞いた。けど既に私の頭の中では、アイゼン=登山靴。雪山に登るなら絶対に登山靴が良いに決まってる。滑ったら怖い!より安全な靴が良い。ましてや普通の靴なら足が冷たい。アイゼンと言う実物を見た瞬間、なんじゃこりゃ?こんな物で安全が確保で出来るのか?当時のアイゼンは今みたいなものでなく、がっちりと装着できる物ではなく、そのしろものは全く目もくれず、母親に登山靴がアイゼンなんだ!と。・・・・まぁ~~~~おもろい少年でしてね。(笑)譲らなかったのですよ。はい。
で、母親も根負けして購入に至ったわけです。(笑) いやね、その頃の靴って、覚えてますか?今みたいに頑丈な作りの靴ちゃいますよ。薄い革だし、すぐ破れるし、穴があくし、そこがすぐに、べろんとめくれるしね!そんな靴で登ったら足が凍傷になるわ。と少年ながら悪知恵が働いてね・・・(笑)単に冷たい寒いのが嫌だっただけです。(爆笑)
学校で仲の良い友達に、笑いのネタにされました。
アイゼン=登山靴!ってね!(^◇^) 年賀状に、 アイゼン=登山靴!って書いて送ってきたのを記憶してますね!
そんな靴を大事に親が保管してしてくれてました。たった1回しか履いてない靴。私にとっては母親との思い出がつまった靴。友達との思い出が詰まった靴。そんな靴で今回の登山に挑みました。
しかし、このあと予想もしない、思わぬ展開が・・・笠ぼんの身に何が?・・・・この先、いったいどうなってしまうのか?
こうご期待を!
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