もう少し前の話になってしまったが、去る10月30日、三遊亭円楽が亡くなった。すでに噺家としては引退していたが、往年の四天王がまた一人亡くなった。
四天王と呼ばれる噺家は二説あって、柳朝が入るものと円鏡(現円蔵)が入るものがあるが、いずれの場合も、志ん朝・談志とともに円楽が入っていた。
正統派中の正統派として華麗な志ん朝、個性的でクセが強いが人の性を切り取って見せる談志に対し、親子の機微などをしっかり見せてくれた円楽であった。
ときに人情噺ではストーリーに入り込み、自ら涙を流す姿を談志は茶化していたが、同じようにストーリーに入り込んでしまう小生としてはかえって好感が持てた。
とはいえ談志も二ツ目の小ゑんの頃、当時全生だった円楽に対し、「いずれ小ゑん、全生の時代が来るよ」とよく言っていたそうだから、お互いが若い頃からのライバルだったことは間違いない。
四天王が四天王であった頃を知っている小生としては、この噺家のこれを・・・と言われたら何を選ぶだろうか。
志ん朝なら「愛宕山」と「井戸の茶碗」、談志なら「文七元結」と「黄金餅」、円楽ならば・・・「藪入り」と「浜野矩随(はまののりゆき)」だろうか。
薮入りでの父親の気持ちの高揚は、まだ子供を持つ前の小生にしても、よくよく感動させてくれる噺であった。
人情噺を得意にし、他にも芝浜や豊志賀の死などがよく話題になるが、個人的には「狂歌家主」なども大好きだった。
また、「城木屋」なども他の噺家が演ったのを聞いたことがない。個人的に、この噺は稽古して高座にかけたこともある。
考えてみれば四天王はそれぞれ自分の個性を際立たせ、違う持ち場で芸を磨き、競い合っていたことが今更ながらよくわかる。
師匠円生が落語協会を飛び出してからは苦労の連続だったはず。円楽最後の弟子の王楽が真打ちに上がってからちょうど一月・・・安心したのだろうか。
ともあれ思い出に残る噺家が、また一人天国に旅立ってしまった・・・合掌。あっ、そういえば、確か円楽って、お坊さんの息子だったような。
四天王と呼ばれる噺家は二説あって、柳朝が入るものと円鏡(現円蔵)が入るものがあるが、いずれの場合も、志ん朝・談志とともに円楽が入っていた。
正統派中の正統派として華麗な志ん朝、個性的でクセが強いが人の性を切り取って見せる談志に対し、親子の機微などをしっかり見せてくれた円楽であった。
ときに人情噺ではストーリーに入り込み、自ら涙を流す姿を談志は茶化していたが、同じようにストーリーに入り込んでしまう小生としてはかえって好感が持てた。
とはいえ談志も二ツ目の小ゑんの頃、当時全生だった円楽に対し、「いずれ小ゑん、全生の時代が来るよ」とよく言っていたそうだから、お互いが若い頃からのライバルだったことは間違いない。
四天王が四天王であった頃を知っている小生としては、この噺家のこれを・・・と言われたら何を選ぶだろうか。
志ん朝なら「愛宕山」と「井戸の茶碗」、談志なら「文七元結」と「黄金餅」、円楽ならば・・・「藪入り」と「浜野矩随(はまののりゆき)」だろうか。
薮入りでの父親の気持ちの高揚は、まだ子供を持つ前の小生にしても、よくよく感動させてくれる噺であった。
人情噺を得意にし、他にも芝浜や豊志賀の死などがよく話題になるが、個人的には「狂歌家主」なども大好きだった。
また、「城木屋」なども他の噺家が演ったのを聞いたことがない。個人的に、この噺は稽古して高座にかけたこともある。
考えてみれば四天王はそれぞれ自分の個性を際立たせ、違う持ち場で芸を磨き、競い合っていたことが今更ながらよくわかる。
師匠円生が落語協会を飛び出してからは苦労の連続だったはず。円楽最後の弟子の王楽が真打ちに上がってからちょうど一月・・・安心したのだろうか。
ともあれ思い出に残る噺家が、また一人天国に旅立ってしまった・・・合掌。あっ、そういえば、確か円楽って、お坊さんの息子だったような。
ご冥福をお祈り致します。
まだお若い年代なのに、多くの病気と闘っておられたんですね>圓楽師匠。圓楽師匠のヴァイタリティに病魔が目を付けたのか……と言いたいですね。ヴァイタリティの高い人が癌という病魔で神様の元へ旅立っているような気がするんです。
このニュースはmixiの笑点コミュニティのトピックスで知りました。早速弔意を示す文章をと思い、王将住道店で料理待ちの間に携帯電話からUPしたんですが、こみ上げてくる悲しさで涙が止まりませんでした。
JALかANAかどちらかの機内放送で、圓楽師匠の落語を聞いた覚えがあります。本題は覚えていないんですが、枕の部分で若竹の借金のことを話されていて「ここまできたら、借金があってもどうってことない。」と話された部分だけは覚えています。幾ら大らかな性格でも、借金の督促には血圧があがりそうですが、自分にとってはマイナスなネタでもきっちり枕にするところが名人なのかなと思いました。
噺家の襲名披露には師匠筋とともに師匠の親しい筋が出るのがパターンです。文都さんの件もそれですね。
ここにも円楽と談志のつながりが見えます。
「底抜け脱線ゲーム」にもよく出演してました。
落語のみならず、深いところで「笑い」を追及する
やわらかい人だったような気がします。
好きだったなー
みなこさん
本当にいい意味で古きよき時代の噺家だったと思います。名人と呼ぶにはちょっと抵抗ありますが・・・
チーフさん
やわらかいけどしっかりとした骨格を見せてくれる。噺家でもありました。