先日、富士そばでサクッとお昼を食べたときのこと。頭の中に、「ああ、今小生はそばをたぐっているんだ」という言葉が流れてきた。
そこでふと思ったことは、あれっ・・・「たぐる」という言葉って普通の人は使わないのかなあと・・・
まずは辞書をひいてみると、「たぐる(手操る)」とは、① 糸・綱などを、両手を交互に使って、手元へ引き寄せる。たくる。 「釣り糸を-・る」② 話の筋や記憶を順々に求めたり、引き出したりする。 「記憶を-・る」 「歴史を-・る」とある。
これだけ見ると、そばを食べることを「たぐる」とは書いていないが、糸などを手元に引き寄せるという行為から類推はできよう。
実は噺家の世界ではまさしく「そばをたぐる」という表現を使うのだ。これは噺家特有の言い回しか? ということで、さらに検索すると・・・
こんな記事が見つかった。『「手繰る蕎麦」と「すする蕎麦」の違いとは』とある。少し長いが引用すると・・・
本などの記事を書く仕事をしていると、蕎麦の食べ方の表現として、「手繰る」と書くのか、あるいは「すする」にするのか、編集者との間で意見が別れることがある。僕は、そういうとき、「すするは、やめましょう」と進言する。
そばは喉で食べるものだと気取ることを前提とすれば、「すする」の方が正しい感じになる。では・・・うどんは? なんて議論にもなろう。
ただ、記事にもあるように「すする」には鼻水を・・・というニュアンスも漂い、あまり絵として美しくない・・・
その中で「たぐる」という表現から漂う美的なこだわりを感じ、小生的も支持したい。記事には噺家の世界で「たぐる」という表現が使われることにも触れているが、考えてみれば噺家特有の言い回しというのもいくつかある。
たとえば、何か食べることを「のっける」という。「今日は忙しくて何ものっけてねえんだ」みたいな言い方だ。
だから、エルメスを誘って、「ねえねえお腹空いてない? 何かのっけようよ、そうだ、そばでも手繰ろうか」なんてことになる。
ついでに言えば、よく謝礼に「お車代」なんて書くことがあるが、噺家の世界ではこれを「そば代」なんて書くことがある。
それくらい、噺家の世界の中で、いかにそばがなじんでいるかがわかろうというものだが・・・
といっても、「まんぷくラーメン」は違うだろうってか(苦笑)
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