アモーレ・カンターレ・マンジャーレ

自称イタリア人のオヤジが、好きなサッカーやらグルメやら、何でも不定期に気まぐれに書き綴るサイトです。

「ほくさんバスオール」ってご存知ですか

2007-02-09 06:40:33 | つれづれ
故古今亭志ん生の著書に「貧乏自慢」というのがある。有名ななめくじ長屋のくだりなど、今から見れば想像を絶する世界である。小生も貧乏自慢するほどではないが、幼い頃の夢は「車を持つような暮らしがしたい」だったから、推して知るべしである。

 ちなみに、我が家には車はもちろんのこと、お風呂もなかった。家にお風呂ができたのは、小生が小学四年生の頃だったかなあと。
 それでも田舎のことで、増築するスペースがあったからよかったのだが、当時の東京や大阪では、いかにも日本ならではのお風呂が開発されていたことを最近知った

 それが写真の「ほくさんバスオール」である。昭和38年の発売というから、東京五輪の前の年だ。当時のアパートはもちろん、団地にもお風呂がなかったという事実にもビックリだが、それに対応する超省スペースユニットバスである。
 当時、多くの団地ではこれをベランダに設置したという・・・

 この浴室、入るとそのまま浴槽だ。当然ながら更衣スペースなどない。オヤジはともかく、年頃のお嬢さんのいる家などでは気をつかったんだろうなあと
 また、このお風呂これまた当然ながら洗い場もない。洋風の毎回流すしかけと思いきや、当時の日本の風習にしたがった工夫があったという。

 それがなんとふたである。浴槽の上に折りたたみのふたがついているのだが、これが人間が座ってもびくともしない設計で、つまりふたの上でまず身体を洗うようになっていたのだ。このバスの高さは約2m、きっと中ではあぐらで苦労しながら洗う親父が・・・
 さらにすごいのが、このときの水が浴槽に入らず、別ルートで外に流れるしかけになっていたという・・・

 うーむ、まさに・・・そしてあまりにも日本的な商品である。当時のサラリーマンの給料1ヶ月分くらいで買えたというが、こんなことから暮らしは変わっていったのかなあ。
 考えてみれば、小生大学生の間住んでいたアパートは、風呂なしトイレ共同の4畳半一間プラス流しだった。帰りが遅いと、銭湯も閉まったりしていた。

 思えば、平均的な日本人が時間を気にせず、毎日お風呂に入れるようになったのって、意外と最近のことなのかも知れない。
 「ほくさんバスオール」歴史に残したい逸品かも知れない。
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2 コメント

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TVで見ました (keta)
2007-02-12 14:36:11
何かのTV番組で見ましたよ。よく考えたなぁと感心しましたが、やっぱり使いにくそうですよね。値段も結構するので、普通に銭湯へ行ったほうがいいんじゃないかと思いました(笑)。でも「自宅で風呂に入れる」ことはステータスだった面もあるのかもしれませんね。
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そうなんですよ ()
2007-02-12 20:45:03
我が家にお風呂ができた日・・・やっぱりすげえセレブな気分でしたよ。
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