翡翠庵閑話

野鳥が好きな、閑人の独り言と日常の見聞録。少し遅れてUPする場合が多いですが、内容と日付は、合うようにしています。

目黒のさんま祭りの「前日」

2018年09月08日 | 紀行、旅

 庭園美術館へ行くときにちょっと気になる旗が目黒通りの随所にはためいていました。帰路によく見てみると、かの有名な「目黒のさんま」祭りの旗でした。通りの途中にある神社がその中心のようで、大きな看板がありました。祭りは明日9月9日(日)で、もし祭りをしていたら通りは通過できずに遠回りしなければならなかったかも?

 後日のニュースでは、7000匹のさんまが焼かれ振る舞われたとか。

 新幹線の中での弁当は、東京駅で購入した「品川名物 貝づくし」。さんまはだめでしたので、せめて海のものにしました。前に「深川のあさりめし」も食べたことがありますが、こちらの方が色々な貝が入っていて楽しい気がします。


大龍寺(達磨寺)と 法華寺(三田洞弘法) (ドウダンツツジの花見と菜めし田楽)

2017年04月29日 | 紀行、旅

 妹夫婦に誘われて、4年前の秋にドウダンツツジの紅葉を見に行った大龍寺へ今回は同じドウダンツツジの花見に行きました。

 満開の時期は少し過ぎていましたが、本日は陽光が乏しく花が目立ちませんが、肉眼では満天星とも書かれるのを納得させる白い花々を見ることができました。

 小さな花が沢山咲きますが、下向きに咲くので満開の時期を逃すと一気に成長してくる緑の葉が勝ってしまうようです。1週間位前だともっと壮観だったかも知れません。

 広間で小さな達磨の最中付きのお抹茶をいただき、外へ出て本堂の方へ回ると別名達磨寺を物語る達磨像がありました。

 大龍寺を後にして、昼食を予約してある近くの三田洞にある法華寺へ移動しました。山門をくぐると見上げるような位置に本堂があり、なかなか由緒ある古刹を感じさせます。

 食事をするのは山門を入って右手にあるいわゆる庫裏の大広間です。広い玄関を通って広間へ来ると、庭に向かって食事を楽しめるよう座布団が並べてありました。他の予約はなく我々だけのようでした。

 廻り廊下へ出て外を眺めると周りは池で、南側に本堂を見上げ、北の方には茅葺の茶室とおぼしき建物があり、ちょっと幽玄な世界に誘ってくれました。

 田楽を焼く時間が若干あって出された田楽と菜めしはこのお寺の名物です。手を付ける前に、メインの豆腐と里芋の田楽を手前に置いて一枚撮っておきました。田楽だけでもしっかり量があっておなかが一杯になりそうです。

 味噌は赤味噌で、我々には少々辛めでしたが、木の芽の香りが香ばしく美味しく頂きました。

 食事の後、お庭を巡り本堂へ上がってみました。大きな屋根の建物が庫裏で、ガラス張りの所が食事をした広間です。

 山門の方へ降りると、弘法さまの像とお手植えの竹などがありました。参道と境内にはサクラが多そうで、花見の時季にはかなり賑わうのではないかと思います。


クリスマスのディズニーランド

2015年12月01日 | 紀行、旅

 もう来ないはずのディズニーランドへ、ひょんなことから来ることになりました。今回見に来たパレード「ディズニー・クリスマス・ストーリーズ」は、もっぱらムービーで撮ったので、ここに掲載できる静止画は無しです。園内のクリスマス風景を残しておきます。

 2回目パレードまでの合間はすぐに入れたショウベースへ。一番端っこの席だったので、舞台と調整室をパノラマで撮ってみました。大きなテントの下はこうなっていたのだと気づきました。

 ワールドバザールのクリスマスツリーは例年のごとく巨大です。昼間はちょっと目立ちませんが、夜は一段と輝きを増します。

 

 


富士山(東海道新幹線から)

2015年11月30日 | 紀行、旅

 久し振りに娘の所へ行く旅に出ました。この日は、明日のTDLのチケットを事前に入手しておくため、京葉線の舞浜までJRの切符を買いました。ちなみに、東京までと舞浜までは、県も変わるのですが同じ料金です。東京までの時は東京都内の切符になるので、かえって割高になる?のでしょうか。

 天気予報では、富士山は見えないだろうと思っていましたが、上は白く、裾野に雲の衣をまとった優美な姿を見せてくれました。富士市あたりだと思います。

 下は、上の撮影から2分後、高速道路と愛鷹山の山並みが前景に入り雰囲気が変わりました。


秋冷の古都「奈良」への旅 (留学生を支援をする会)

2015年10月24日 | 紀行、旅

 留学生と一緒に奈良へ行ってきました。今回は東大寺(大仏と二月堂)でした。ここは多分小学生の修学旅行以来ではないかと思います。行程は下のとおり。いつものように英語の注釈付きの行程表です。

 バスの中では留学生が隣に座ることを期待して、家内とは前後に分かれて座りましたが、私の隣へは留学生と一緒に生活している日本人の学生(チューター)でした。4年生で県内某市職員への就職も決まっていることなども話してくれて、現代就職事情も分かってそれなりに良かったと思いました。ちなみに家内の隣へは、チベット出身の中国人学生で、色々面白い話ができたようです。

 駐車場は南大門の傍で、ここから4つの班に分かれてボランティアガイド(黄色いシャツの人)の案内で境内をめぐりました。英語で説明を受けた班も1つありました。

 南大門右側の仁王様。どっちが快慶だったか運慶だったか聞きもらしました。かなり短い工期で作るために、手足などパーツごとに職人を使って作ったと云う説明でした。

 奈良と云えば鹿。中門までは鹿も自由に出入りしていました。この頃外人さんが多いなと云っているような雰囲気でした。

 大仏殿前ではのんびりと説明を受けたり、写真を撮ったりしていました。この少し後には小学生の団体がどっと来ていたので、ちょうど良い時に入ったようでした。

 大仏殿前の石張りについて興味ある説明を受けました。黒い石はインド産、ピンクがかった石は中国産、薄いピンクの石は韓国産、外側の白い石は日本産だそうで、仏教の伝来のルートを現しているとか。近年の修理の時に、黒川記章氏の設計によるものだそうです。

 正面から見た大仏様。久々の対面でしたが、奥の方に座っておられるので肉眼で見たようには良い写真が撮れません。それにお香の煙がかなり濃くただよっていました。

 少し横へ回ると手も良く見えました。ただし、両方の手はうまく見えません。

 大仏殿を出て二月堂へ向かう出口へ行く途中で振り返ると大仏殿全景が良く見えました。創建当時はこれよりひと回り大きかったとか。古の人の技術もなかなかのものだったようです。

 鐘楼の大鐘。昔、相撲取りが丸い所を突くと3日3晩鳴りやまなかったので、以来少しずらしたところを突くようにしたそうです。

 石段をかなり上がった所に二月堂はあります。ここは時間の関係で外からの拝観だけでした。バスの駐車時間が制限されているようでした。

 二月堂の隣の三月堂。二つのお堂をくっつけたそうで屋根の流れと瓦の色が違います。

  二月堂、三月堂から降りてきて鏡池の傍を通ると中門と大仏殿が良く見えます。ここが修学旅行の記念写真を撮る定位置のようでした。確かに良いバックです。


岐阜シティー・タワー43

2015年10月22日 | 紀行、旅

 岐阜県美術館の帰り、JR岐阜駅前にある、岐阜シティー・タワー43へ寄りました。岐阜駅が眼下に見えます。駅前広場の弧を描いているのは歩道橋です。ちょうど真ん中あたりの木立の中に金ぴかの物が見えます。

 金ぴかの正体はこれです。信長像ですが、残念なことに後ろ向きです。駅に降り立つお客さんに挨拶しているのだから止むを得ませんが。

 信長の居城、金華山に立つ岐阜城も見えます。こちらも少々霞がかかっていて、かすんで見えます。

 1.2階から43階(192m)まで直行のエレベータがあり、入場料は要りません。岐阜へお越しの節は是非寄ってみて下さい。


飛騨・上高地の旅ー2

2015年05月08日 | 紀行、旅

 2日目は上高地へ行きました。大正池でバスを降り、河童橋まで行き、折り返して昼食を摂るホテルまで歩きました。

 ↑ 大正池から見た焼岳。上の方には残雪がありました。この辺りは人出はまばらでした。

 ↑ 田代池まではこんな木道が随所にあります。街中を歩いていいるよりも楽に歩けました。

 ↑ 田代池、田代湿原。水量は少ないようです。前に来た時はもう少し奥まで行けたような気がしましたが、これ以上奥へ行く道はありません。

 ↑ 上高地近くなると、対岸に霞沢(雪渓の所)が見えてきます。

 ↑ ウエストン碑は昔の所にありますが、周辺は広場が整備されたようでした。

 ↑ 河童橋へ到着。人が少ないようですが、橋を渡ると一杯の人出がありました。しかも、ひょっとすると日本人は我々だけと云うくらい外国人が多かったです。中国人が多く西欧人の顔もちらほら見えました。

 ↑ ゴールのホテルの赤い屋根が見えてきました。さすがにここは日本人がほとんどでした。ランチはウナギのかば焼きも入ったちらし寿司でした。昨晩宴会料理を食べていますので、これ位でちょうど良いメニューです。

 ↓ 帰りのバスの中からみた焼岳。頂上右部分から水蒸気が上がっているのが分かりました。


飛騨・上高地の旅ー1

2015年05月07日 | 紀行、旅

 地元で所属している団体の行事で、飛騨・上高地への1泊旅行へ行きました。

 先ず訪れたところは、飛騨高山まつりの森でした。高山市郊外の山をくりぬいた洞窟の中にある屋台の展示館でした。ただし本物ではなく、1/3程度に縮小したものでした。しかし精巧さは本物と見孫うばかりでした。

 何故山をくりぬいた洞窟を展示館としたかは、温度が安定していて作品保護になる、また冷暖房が不要である が理由だと説明のガイドさん(我々と同じくらいの年輩の人)の話でした。

 入場券のデザインに半円が使われているのは、洞窟の意味もある?ようですが、確かなことは分かりません。

 中では順番にからくりの実演もしており、全部見れば2、3時間かかりそうです。ただし、本物のように人間が操作するのではなく、「自動化」されていました。

 この地方の獅子舞も実演されていました。

 ここを見学した後、本日の宿である奥飛騨温泉郷、福地温泉へ向かいました。

 ↑ 玄関はバスを降りてから城郭のような屋根のある通路を通って行った所にあります。

 ↑ 部屋からは一面の緑の山が見えます。 真ん中左の木はホシガラスが止まってくれそうな木です。(結局、来ませんでしたが)下草の中には水芭蕉が残っていました。(最盛期は過ぎていました)

 

 夕方と早朝に付近を散歩しました。高地なので、しだれ桜、山桜が咲いていました。また山吹が随所で咲いていました。川の流れは、平湯川としてありました。

 赤い花はシャクナゲでしょうか。他所の宿の敷地内に咲いていました。温泉街の中心あたりに、この温泉の効能書きの高札?が建っていました。

 

 宿へ帰りつくと玄関近くの小屋に囲炉裏が切ってあり、ゆず湯が自由に呑めるようになっていました。

 


東京スカイツリー

2015年04月06日 | 紀行、旅

 東京スカイツリー、もう完成してから3年になるというのに、やっと行ってきました。出来た頃よりは空いてきたとはいえ、入場券入手に約1時間半並びました。時々外を見ると脚部の鉄骨が見えます。

 長い待ち時間中、大型のでスプレイを使った、上からの展望シーンやお江戸の昔の話を見せてくれたりで、飽きさせないようにはなっていました。近くでスペイン語が聴こえてきたので、ちょっと声をかけると、マドリッドから来た若者2人でした。1人は日本語がかなりできたので彼と話が弾みました。奥さんは中国人で中国語も判るそうです。

 そうこうするうちにやっと入場券を手にしました。一緒にハンディーなガイドをくれました。ピンクの部分が表紙で、16ページを折りたたんであります。左右に少し広げて中味が判る様にしておきます。

 エレベータは沢山乗れますが外が見えないのが残念。あっと云う間ほどではありませんが1、2分で着いた感じでした。

 空はそんなに曇っていませんでしたが、花霞とでも云うのでしょうか、モヤッとした感じで眺めはかすんでいました。下は浅草方面、雷門、浅草寺本堂、五重塔が見えます。

 ↓ 眼下を流れる隅田川。言問橋と遊覧船が見えます。花火の時はこのあたりの眼下に見えるのでしょうか?

 ↓ 隅田川の下流方面。人が手足を広げたような橋は桜橋。

↓ 部分的にガラスになっている床も恐る恐るのぞいてみました。地上のものがあまり見えないので怖くは無かったです。

 遠望はあまり期待できないので、もう1つ上の天望回廊へ行くのは次回にしました。ウン年後になるかわかりませんが。

 天望デッキで30分ほど楽しんで、したへ降り、ソラマチの中にあるインド。カレーの店でランチをしました。周りのお客さんを眺めると、外国人が半分以上でした。隣の中国人の3世代の家族のお爺さんはカレーがあまり口に合わなかったようでかなり残していました。

 ランチを終えてから外に出ました。小さな川に沿ってツリーを眺めながら散歩して、途中小さなフレッシュジュースを作っている店先で休憩したりしました。


雨のTDL(東京ディズニーランド)

2015年04月05日 | 紀行、旅

 雨模様でしたが、TDLへ行きました。イースターの期間なので入口正面の飾りはタマゴがごろごろしていました。

 お目当てのパレードを見るため、パレードルートでお城が見える特等席?のベンチに陣取りました。まだ時間があるので、人影はまばらな感じですが、この春休み最後の日曜なのできっと沢山の人が集まってくる予感がします。

 時間が来て、お目当てのパレードが来ました。雨の時は若干内容を省略して演出されることもあるらしいのですが、今回はほぼお天気の時と同じ雰囲気のようです。

 雨の中なので出ていないキャラクターもあった様でしたが、ほぼ通常の内容で踊って通り過ぎて行きました。

 パレードのトリはミッキーとミーニーです。フロートの上からみんなに愛嬌をふりまいていました。

 この後は、抽選で入れるマッピングも、ワンマンズショウも外れ。あまり待たずに楽しめるイッツ・ア・スモールワールドを楽しみ早めに帰りました。

 帰りがけに園の外で見た黄色い花。名前が良く分かりませんが雨空の中で元気に咲いていました。

 花だけアップすると下のようです。何の花か名前が判ったら修正します。

 今回のTDL行き、多分これが、我が人生最後のTDL行きになると思います。いろいろ支障がありそうなので、今まではっきり書きませんでしたが、娘がパレードやキッズ向けのショウ等に出ていました。そして今日が最後の出演の日でした。8年間に何度通ったことか、老親を戸外へ誘い出し、楽しませてくれたことに感謝です。

 思えば、初めて見に来た日(デズニーシー2007年4月15日)は、折角並んで待っていたのに、突然の雨で中止、ほとんど見ることなく帰りました。そして最後の日も雨。何か雨にたたられたような、始まりと最後でした。