ライトメロウなひと時

コンポーザー丸木一虎のミリオンセラーまでの珍道中日記 とりあえずはCDを手売りで1000枚売るぞー!!

何とか生きてます

2012-11-29 21:01:33 | 日記
初めての方もご常連さんもこんばんは。当ブログを読んでくれてアリガトーね。
久しぶりの日記ですが、皆さん如何お過ごしですか?あっ、愛ちゃ~ん遅くなったけど優しいコメントありがとうね

さて、東京に帰って来ました札幌にやって来て一年ぶりの帰省だった。なのに、あまりのハードスケジュールの為、久方ぶりのわが町を懐かしむどころか、クタクタに疲れちゃってねオマケに豪雨に見舞われ、も~あっちもこっちもヘロヘロですわ

それでも懐かしい友達との再会は楽しかった。ミクシー時代のお友だち?とむ来るファミリー?とは、今回会えなかったけれど、来年のなるべく早い時期に、また帰省する予定なので、その際はもっとスケジュールに余裕を持たせて、是非みんなと会いたいよね楽しみにしてくれた路上ライブも出来なかったけれど、それでもとむ来るから直に買いたいとの思いから購入を控えてた方から、「ユアラブ/マイホーム」を買ってもらえたのは嬉しかったな~

その中の一人がね、松戸で接骨院開業してね。お邪魔して来ました。早速「ユアラブ/マイホーム」をお店にディスプレイしてくれて有難いやね。そのお店は、松戸市根本にある「えびはら接骨院」(047-727-3404)と言います。ちょっと説明しにくい場所にあるんだけど、もし松戸にお出掛けの際には、是非足を運んで戴ければと思います。「売れない作曲家を未だやってるカズさんの紹介で来ました」と言って戴ければ、きっと何かイイコトがあるかもよ

さて、札幌に暮らしてみて驚いた事がいくつかあってね。まず、冬になると雪道を小さなお子ちゃまと買い物した袋をソリに乗っけて歩く姿ね。時たま、そのソリからお子ちゃまがズルーって落ちてんのに気付かず行っちゃうお母さんがいたりなんかしてさ、笑っちゃうよね。それから、自動ドアの公衆トイレがあってね、この前なんか入ろうとしたら中から犬が出てきて腰抜かしそうになったというね。友達からは「熊とは会わないのか」ってよく聞かれるけど、俺の中じゃ熊はトム・スノウ「ハングリー・ナイツ」並みに激レアでね。と言うか、熊と会った日にゃイコール人生最後の日になる可能性が高いからね、出来ればお会いしたくないこっちじゃ熊やら鹿が自動車やら電車を止めちゃうからね、ビックリだわ。それと、セイコーマートばっかだし、たまにはショッピングモールみたいなとこに行こうと愛車(ママチャリ)を走らせるも、看板に「イオンまで100キロ」とかさ、も~どんだけ~って感じで、改めて、でっかいど~ほっかいど~って思った。

まあ、そんなワケで、新作発表に向け無い才能をフルスロットルさせながら頑張ってます。これからも応援ヨロシクお願いしますね

ギフト

2012-11-01 20:20:14 | 日記
いつも当ブログを読んでくれてアリガトーね。
そして師匠、前の日記にコメントありがと~。こうして、たくさんの友人に読んで貰えてるってのは幸せな事。
実は先日、俺の音楽仲間でもあったえいさんが亡くなったと言う知らせを受けました。そのえいさんは、長年デュシャンヌ型ジストロフィーと言う難病に冒され闘病生活を送っていました。人生の殆どを病室で過ごした彼は、歌詞を書く事で生きる価値を見出したのです。彼との出会いはミクシーだった。音楽系のコミュニティでのやり取りがキッカケだった記憶があります。

えいさんからマイミク申請を戴き、それ以来、俺の書くブログやつぶやきの大半に彼はコメントをくれたものだった。また皆さんがご覧の当ブログにも毎回チェックしてくれた様子で、時々コメントも残してくれました。またえいさんの長年の夢だった、オリジナル作品をCD化する際に、プロデュースのご指名までして戴きました。そのマキシシングル「えい/孤独な旅人・心の夜明け」は、東京でチェーン展開するディスクユニオンの渋谷店でご購入戴けます。また、彼のホームページでもサンプル音源が用意されてるので、お時間のある時にでも是非聴いて戴ければ嬉しいです。

筋肉の病気の為、主なコミュニケーション方法は口の動きを読んでもらうか、かろうじて動く指でパソコンのキーを打つ事のみでした。キューベースと言う音楽制作ソフトを使い音楽を作り続けた彼の作品は、とても力強かった。魂を揺さぶるほどに力強かった。新しいCDでも参加を依頼してくれたのだけど、札幌には制作に必要な機材らしい機材を持って来ていなかった事もあって、参加を辞退したんです。その新作の制作途中での死去でした。悲しいですよ、ホントに。彼は長崎に暮らしてて、一度も会った事はないんだけどミクシー時代にはよく、会いたいねなんてお互い言い合ってたものだった。その約束は叶う事はなかった。


「こんな素晴らしいメロディを書く人に、僕の夢を託したかった」

えいさんからCDのプロデュースを依頼してもらった時に掛けてもらった言葉です。

あの時のあの言葉が、今も忘れられません。物作りの過程で険悪な空気になる瞬間もあったけど、彼は常に思いやりのある素晴らしい人でした。さよならすら交わせられない別れだったのが辛かった。病室と言う狭くて孤独な世界でも、彼の作品には光がイッパイだった。精一杯動かした指先の向こう側に、えいさんは俺を見つけ出してくれた。何億人といる中に、俺を見つけ出してくれた奇跡。それは神様からの素敵なギフトだった。

いつになるか分からないけれど、えいさん。俺がいつかそっちに行った時には、その時は必ず会おう。会った時には、素敵な歌を一緒に作ろう。うん、それはいつになるか分からないけれど、あの時叶えられなかった約束を、いつか必ず果たそう。それまでは、あなたがわりかし近くの星から、俺を眺め、俺が素敵な事をやったのを見つけた時には、二人が唯一一つになれたミクシーの時みたいに、イイネ!をポチッてくれたら、嬉しいな。

友達より。