荻窪鮫

元ハングマン。下町で隠遁暮らしのオジサンが躁鬱病になりました。
それでも、望みはミニマリストになる事です。

村田沙耶香の巻。

2017年01月14日 | 枯渇した生活に豊潤な読書を




村田沙耶香著【コンビニ人間】を読了しました。



第155回芥川龍之介賞受賞作品であります。

内容はウィキでも参照して頂くとして、ちょいとレビューを。



僕は普段、直木賞系ばかり読んでおり、あんまし芥川賞系を読みません。

なので、又吉直樹の【火花】も田中慎弥の【共喰い】も西村賢太の【苦役列車】も読んでおりません。

今回は珍しく『何となく読んでみっかな』と思い、図書館に予約してみました。

これは事実なのですが、芥川賞受賞作品って直木賞受賞作品より、おおむね図書館の予約人数が少ないんです。

これは【芥川賞受賞作品=難解=手を出しにくい】って図式が、みなさんにあるんじゃないか、と。

実際は、そんな事はないのですがね。

てか、芥川賞受賞作品って難解よりも、退屈なのが多いっす。

作者の淡々とした日常を投影したものが多いせいでしょう。



今作も退屈でした。

【日常】と【非日常】、【人間】と【部品】の様に対象を設けながら、コンビニバイトに明け暮れる36歳のオンナを描いていきます。

『自分は変わってる』と念仏の様に唱えているのは、作者の声なのでしょうか。

なんでも、作家仲間からは【クレージー沙耶香】とか呼ばれているそうなので。

この【自分は変わってる病】って厄介ですよね。

作者の強烈な承認欲求と自己顕示を感じました。

『自分は変わっている』としながらも、【就職】や【結婚】を明らかに意識している・・・。

家族や友人のお節介を面倒と思いながら、結局のところ、ある程度受け入れる・・・。

それって、フツーのヒトですよ。

ま、『変わってる~』って言われたいんでしょうね。



白羽というクズオトコが言う様に、21世紀の世の中になっても、未だ『まともに就職』・『まともに結婚』・『まともに子を持つ』という考えが蔓延しております。

多種多様な価値観なんて、嘘っぱちです。

み~んな大昔の価値観から、脱却なんて出来ていないのです。

家庭を持たず、仕事もしていない僕が申すのですから、間違いはありません。

でも、そんな生き方だって胸を張っていりゃ、なんともないのです。

結局、旧態依然とした価値観に捕らわれているのは【主人公=作者】なのかな~、と思いました。

無神経なオトコたちの描き方も、今時エラいステレオタイプ。

この辺も【主人公=作者】が滲み出ていました。

基本、オンナの作家の作品は読まないので、もうこのヒトの作品も読む事はないでしょう。



トーキョーにコンビニが生まれ、普及して35~40年。

過保護な親が増え、甘えて育ち、【自分は変わってる病】を罹患するヤツらが生まれたのも、その時代です。



『かつては、変なことをする奴が、変な奴なんだと思っていた。でも今は、他人を変だと言う奴こそ、変な奴だとわかったんだ』ポール・マッカートニー(英国のミュージシャン・1942~)