「ローレライ」
どうしてこんなに悲しいのか
私には訳が分からない
遠い昔の語り草
胸からいつも離れない
風は冷たく暗くなり
静かに流れるライン河
沈む夕日に赤々と
山の頂照り映えて
彼方の岩に絵も言えぬ
綺麗な乙女が腰おろし
金の飾りを輝かせ
黄金の髪をすいている
黄金の櫛でときながら
乙女は歌を口ずさむ
そのメロディーは素晴らしい
不思議な力を漂わす
小舟を操る船人は
心をたちまち乱されて
流れの暗礁も目に入らず
ただ上ばかり仰ぎ見る
遂には舟も船人も
波に呑まれてしまうだろう
それこそ妖しく歌唄う
ローレライの魔の仕業
夜ドイツを想うと
僕は眠れなくなる
どうしても目が塞がらず
熱い涙が流れる
年は来て 年は去る
母と会えなくなってから
もう12年経った
せつない憧れは増すばかりだ
せつない憧れはいよいよ増す
心は母のことばかり
老いた姿をいつも想う
神様 母をお守りください
母も僕を想っている
手紙を見ると良く分かる
どんなに母の手が震え
どんなに心が動いたか
母は僕の胸に宿っている
僕の腕で抱けなくなってから
12年もの年が流れた
12年もの年が去った
ドイツはいつまでも続く
ドイツは芯から丈夫な国だ
秋や菩提樹と共に
ドイツは変わらないだろう
「夜の想い」から
「わが胸に凍みいるは」
わが胸に凍みいるは
いとわしき情のみ
肌寒き 現世を
ただ一人 旅行けば
ようやくに秋も暮れ 霧しとど
草枯れの 野をひたす
風鳴りて 樹の間より
あちこちに 紅葉は
ひるがえり 悲しげに
森さやぎ 霧こむる
枯野には
待っていない
雨が降る 雨が降る
あと一つ燃える恋心を読んでください。
「告白」
夕焼け実が迫るに連れて
波はいよいよ荒れ狂う
僕は渚にすわって
白い波が躍るのを見ていた
僕の胸も海のようにわき立ち
せつない郷愁に駆られる
おお あなたよ
愛しい人よ
あなたの姿はどこにでも浮かび
どこででも 僕を呼ぶ
何処にでも 何処にでも
風のざわめきに 海の響きに
そして 僕の吐息に
細い葦で僕は砂に印した
「アグネス あなたを愛す」
だが意地悪な波が荒れて来て
この甘い告白の文字を浸し
跡形もなく消し去った
葦よ 砂よ 波よ もろくも砕け
散る物よ なんというはかなさ
空はますます暗く
心はいよいよはやる
今 僕は手に力を込め
ノルウエーの森の
一番高いモミの木を引き抜き
エトナの山の煮えたぎる
火口にそれを浸し
火を含む巨大な筆にして
暗い空の表に書こう
「アグネス あなたを愛す」
そうすれば 不滅の火の文字は
夜ごと大空に輝くのだ
未来の世の人々が歓呼して
空のこの字を読むだろう
「アグネス あなたを愛す」
「告白」より
角川書店 世界の詩集「ハイネ詩集」
井上正蔵氏翻訳
昭和42年2月23日初版発行
定価480円でした。
あなたの胸へ
ハイネはあなたの心を燃やす!
「黄昏の薄明」
青白い海の渚に座って
物思いに一人沈んでいた
陽はいよいよ傾いて
紅の炎の筋を水に投げた
すると広い白い波が
うねりに乗って
泡立ち 走り 押し寄せてきた
不思議な響き ささやき
うそぶき 笑い つぶやき
ため息さざめき そして
子守歌のような懐かしい声までが
ああ 遠い 色褪せ消えた物語が
そうだ 昔 子供の頃
近所の子らが話してくれた
古い昔のあどけないおとぎ話が
聴こえてくる
あれは確か夏の夕べだった
みんなは玄関の階にうずくまり
小さな心臓をドキドキさせ
どうなる事かと目を輝かせ
じいっと話に聞き入っていた
あの時 大きな少女たちは
向こうの窓辺の匂やかな
草花の鉢の側に座っていた
薔薇のようないくつかの顔が
微笑んで月に照らされていた。
THE END.