この朝は7時30分起床。すでに日は高い。久々にぐっすり眠れた気分だ。
朝食は和食をチョイス。おかずはお弁当方式。しっかりとしたお味でした。朝はこれぐらいがちょうどいい。(カメラはまだ寝ぼけている。)
食後少し間を置き共有フロアのマッサージチェアで体をほぐした。そこからの眺め。北北東を望む形だ。10時45分頃。
部屋からの眺め。
昨日までの疲れを癒すべく昼寝をして14時45分頃。折角来たのに眠ってばかりではもったいないので館内を探索。別館1階のエレベーターフロアから本館と湖を望む。本館は秋田杉で作られた和の館。私が宿泊したのは別館(洋室)である。
本館と別館をつなぐ位置にある階段。
本館と中庭(1F)。
本館1Fにある「杜の図書館」。 入口のボードには「お客様に頂いた本やホテルスタッフお気に入りの本をご用意しております。湖畔の窓辺で読書はいかがですか?」とある。
本棚にあったもの。
『グッドバイ 棟方志功』
『誕生日大全』
『UKIYO YOSHITOMO NARA』
『柴犬のトリセツ』
『写真集 小坂鉄道』
『夜行列車よ永遠に』
『No Rain, No Rainbows 片岡鶴太郎画集ⅩⅢ』
『東北の峠歩き』
『Take it Slow のんびり歩こう―津軽鉄道応援写真集―』
さりげなく配された調度や民芸品が味わい深い。
本館の玄関から吹き抜けになっている。(玄関はフロント・ロビー階にあり図書館はその上にある1Fである。ヨーロッパにおいて建物の入口のある階が0階でその上の階から1F、2Fと数えるのと同形式だ。)
こちらの本棚にあったもの。
『日本で最も美しい村』
『文人たちの十和田湖』
『秋田 その郷と人』
『ザ・康楽館』
『にほん全国芝居小屋巡り』
『八幡平四季の詩』
『HAKKODA八甲田十和田TOWADA』
『婦人画報 2018年12月』
このホテルは秋田県鹿角(かづの)郡小坂町にある。2018年に戌(いぬ)年にちなみ秋田犬「アキタ」をマスコットとした秋田県のキャンペーンが行われたらしい。ゆえに本棚上のキャンペーンボードに次のようにある。
* * * *
2018年はアキタ犬年です。
宮大工が競い合った
湖畔のリゾートホテル。
天然秋田杉の意匠に目と心を奪われる。
僕はアキタ。ふるさと秋田をご案内します。
このホテルは外国人観光客の宿泊施設として昭和14年に開業しました。
天然秋田杉の巨木を巧みに配して建造された木造三階建てで、秋田・青森・岩手の宮大工80名がその技術を競い合ったと言われています。
各部屋の床の間、天井、格子戸の意匠も一つ一つ異なり、それぞれに違った趣があります。
どの部屋からも四季折々の十和田湖を眺望できます。
行け、行け、アキタ。
小坂町 十和田ホテル 秋田県
* * * *
一旦外に出て建物の外観を見る。外壁に木材を採用している。
梁(はり)に鳥が営巣している。これもホテルの一部のようだ。
丸太がふんだんに使われている。
こちらの入り口は自動ドア。丸太の風合いが心地よい。
本館一棟は2003(平成15)年に国の「登録有形文化財」に指定されている。
玄関を入ったところ。木の皮を使った細工物。格子柄の欄間(らんま)。右側には蔓(つる)を使った(?)飾り輪。青森には津軽の伝統工芸品に「あけび蔓細工」というものがあるのでそれにちなむ装飾品か。
玄関脇にも蔓を使った(?)工芸品。割り丸太の壁。
番傘や箕(み)であろうか農具のようなものも飾られる。
かつてはこちらが正面玄関・フロントだった。奥の二枚扉は金庫で今は使われていないようだ。「お履物のままお上がりください」と案内がある。
割り丸太と樹皮の壁。
上の「杜の図書館」とさらに屋根までの吹き抜けは壮観。板・丸太・樹皮など様々な材が貫工法で組み合わされ複雑に層を成し一有機体に纏(まと)め上げられている。欄間(らんま)は卍崩し(まんじくずし)。天井は網代(あじろ)編みというらしい。
卍崩し(まんじくずし)の欄間(らんま)。
網代(あじろ)天井。
障子は明かり取りと防寒を兼ねた建具だがこれは装飾性を持たせている。当初からあったものかどうかは分からない。因みにこの辺りは元々支配人室や応接室があったところ。
羽目板の壁は木組みされおそらく釘は使われていない。宮大工は釘を使わないわけではない。和釘などというものもある。ただできるだけ釘を使わずに造ることで建物に美観と強度を持たせられる。一様に土壁にするのではなく途中から木材にすることで変化を持たせる意味もあるだろう。
ホテルの歴史をまとめたボードが展示されていた。
左は皇族や要人が利用したことを伝える。写真は1961年(昭和36年)秋田国体で訪れた昭和天皇皇后。右は建物平面図。竣工当初のものかどうかは不明。
右は設計者・施工者・請負者・棟梁の紹介。左は竣工落成時の新聞記事。抜粋されている内容を写真下に引用する。
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世界的に誇るる景勝美々国立公園十和田湖の開發に多年待望されてゐた縣營〔県営〕十和田ホテルは恰(あたか)も紅葉眞っ盛りの観光シーズンを目がけて湖畔隋一の眺望臺〔台〕鉛山〔なまりやま〕に颯爽としてデヴュウすることになった。總工費十六萬圓を投じたホテルはサンルーム控室附、和洋折衷の瀟洒〔しょうしゃ〕な客室二十一と浴場四つ、休憩室に十和田一の展望臺や撞〔どう〕球場、娯楽室を具備した日本大学長倉謙介教授の苦心設計になる校倉〔あぜくら〕山小屋式の仙境にふさはしい装いを凝らし本十五日の吉展竣工式を契機として開業の運びとなったのである。湖水を擁する靑森、本縣と謂〔い〕わず湖岸に完備せるホテルなく外人探勝者は勿論内外観光客の探杖〔たんぜう〕をはばまれてゐた十和田湖もこの縣營ホテルの誕生に依って漸〔ようや〕く舊來〔旧来〕の不便より救われ幽邃淡麗〔ゆうすいたんれい〕な姿を一般に飽くなきまで紹介し得べく又大湯溫泉―湯瀬温泉―八幡平―田沢湖―抱返り溪谷を一貫する本縣観光縦走コースの設定と相俟ってこれが利用による本縣物産の宣傳〔伝〕、産業開發上に資するところ大なるものあるべく観光秋田、産業秋田の將來に一新紀元を劃〔画:かく〕するものとして大きな期待をかけられてゐる。
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十和田ホテルの歴史と時代背景についてまとめておく。1940年(昭和15年)開催予定の東京オリンピックに向けて政府の要請により海外からの来訪客の迎賓〔げいひん〕の目的で建設が計画される。1937年日華事変勃発の影響でオリンピック開催返上も1936年十和田湖が国立公園に指定されたのと同時期に本館工事着工。1939年竣工し県営ホテルとして開業。戦後進駐軍の接収を経て日本国有鉄道から秋田県に譲渡。1997年十和田ホテル㈱が設立されている。
「天然秋田杉」については次の通りである。秋田杉は「厳しい自然環境で育った」ため「年輪が狭く曲げに強」く、「杣夫〔そまふ=きこり〕」の「弁当」容器に使われ、それが現在「大館の曲げわっぱ」として知られるようになる。資源枯渇が危惧されたため2012年(平成24年)に伐採禁止となっている。
「匠の技」についてはたいへん参考になるので写真下にそのまま引用する。
* * * *
匠の技
建築時に青森、秋田、岩手の宮大工約80名が集められた。釘を一本も使わない技法や、「なぐり加工※」の表玄関扉、天然秋田杉丸太材柱が配置された玄関ホール、網代〔あじろ〕天井、格〔ごう〕天井、繊細な組子欄間〔らんま〕、杉丸太を二重に使った竿縁〔さおえん〕と杉皮の船底天井、更に宮大工一人一人本館客室を受け持ち担当した各部屋の、床の間、天井の設〔しつら〕えがそれぞれ違うのは匠のなせる技ならではである。床柱には紫檀〔したん〕、黒檀〔こくたん〕タガヤサン〔鉄刀木〕、桜等、落し掛けには花梨、桜、柿等、床框〔とこかまち〕には、タモ、ブナ、黒檀等、床脇には、黒竹、杉、欅〔けやき〕等の樹種の木材が使用されている。床柱に椰子の木が使用されていたり、天井にホテル周辺の雑木の技を敷き詰めた部屋もある。いかに手の込んだ仕事をしていたかがわかる。かつて日本全国に数百人いるといわれた宮大工継承者が、2017年時点で100人程度に減少している。
※「なぐり」(名栗)とは、角材や板に独特の削り後を残す日本古来からの加工技術の事。
* * * *
80年を越える歴史を持ち宮大工の伝統技術の粋を凝らした建築物で文化的価値の極めて高い宿というわけである。
そういう御託はさて置いてまずはホテルを目で楽しもう。
よく見ると丹前と浴衣のデザインも木の色と森の緑を意識したものになっている。
「橅」〔ぶな〕、「楓」〔かえで〕、「欅」〔けやき〕、「樫」〔かし〕。部屋も樹種名で呼ばれる。部屋の設えも担当の宮大工毎に異なる。今回は本館和室に泊まっていないので外から片鱗を味わうのみである。
別館エントランスから売店「ふきのとう」を望む。左の壁に飾られた模様細工は種々の植物素材と複数の図形の組み合わせ。
樹皮細工のタペストリー風壁かけ。そして木のベンチ。
同じ場所から本館玄関を望む。右手が現フロント。
1Fに上がりラウンジ花梨。
小坂町にゆかりのある伊藤政司氏の作品。
おそらくヒメマスの剥製。右は暖炉の道具。
これで館内散策は終わりである。
歴史と伝統の宿というと得てして重苦しく古臭く時に暗い雰囲気になりがちだがここは全く違う。明るくそして落ち着いている。朗〔ほが〕らかといってもいい。それがどこから来るのかと言えばやはり木の明るさであろう。木造の建物であるが館内が明るいのである。とりわけ丸太材は日の光を浴びて蒲公英〔たんぽぽ〕色や鬱金〔うこん〕色やブロンドといった明るく力強い黄色を放っている。開口部や採光面が大きいというデザイン性も寄与している。日中であれば照明なしでも暗さを感じずに歩くことができる。しかも静かである。この日は昼間に館内を歩く客が少なかったこともありほとんど周りを気にせずゆったり歩くことができた。木の館と窓外の水と緑を静けさと共に味わうことができた。もう一つ付け加えれば本館と別館の統一感である。秋田杉の館と称される本館に対して別館は洋風だが外装も内装も本館と違和感なく接続している。壁やカーペットの色・デザイン・調度・照明いずれも本館のトーンと調和すべく考え選ばれている。木のベンチひとつとってもおざなりではなく本物が置かれている。それがこの宿に落ち着きを与えている。センスに関することだがこれがシンプルにして上質ということだ。
この宿はクラシックな宿だ。クラシック(古典)とは単に昔からあるもののことではない。常に新しくあり続けるもののことだ。決して骨董品ではない。今を生きているものだ。(私はこの宿に瑞々しさ〔みずみずしさ〕さえ感じた。)そんな宿に泊まれたことは幸いである。
ラウンジ花梨でセルフのコーヒー・紅茶を楽しむ。フリーズドライのリンゴ菓子とともに。
今宵の夕餉。
前菜が豪華だ。「嶽きみ」はとうもろこしの一種で当地のブランド品種。その冷製スープは素材の味がダイレクトに味わえる。「鰊」〔にしん〕「鱸」〔すずき〕「鯛」〔たい〕「鰆」〔さわら〕と魚が豊富だがこういう素朴で力強い料理がご当地の味がして嬉しい。
日本酒は最初「雪の茅舎 山廃」をオーダーしたがラベルを見ると純米ではなかったのでお願いして純米の「北鹿」に変えてもらった。(私は醸造用アルコールを添加したお酒を飲むと体調を崩すので。給仕さんに事情を話すと快く応じてくれた。開栓前でよかった。)「北鹿」の方は生酛の雪中貯蔵の特別純米の旨辛タイプでまあまあだった。ただ日本酒メニューに純米吟醸酒がもう一種あってもいい。火入れであれば保存もきくし。当地の食材は味の強いものが多いので生酛や旨辛系が多いのは理解できるが一種類ぐらいキラキラ系があっていい。まあ料理を楽しむべきであってお酒が主役ではないと言われればそれまでだが。
牛肉赤ワイン煮込みは時間がかかります。
今日もしっかりした間違いないお味で満足である。
かく眼福口福の内に十和田ホテルの二夜目は終わったのである。
20240903 木のいのちの輝き 十和田ホテル―青い森への旅の記録09
付記1 「箕」〔み〕は、穀物の殻やごみをふるって選別する農具。竹や樹皮で作られ片口型や丸皿型をしている。
付記2 秋田県には鹿角市と鹿角郡があり紛らわしいので説明しておく。ホテルがある小坂町は正式には秋田県鹿角郡小坂町である。この鹿角郡は小坂町のみが町村として所属する。一郡=一町である。鹿角郡には鹿角市が隣接する。鹿角市は十和田湖に近いものの面しておらず鹿角郡小坂町は十和田湖に面し町域としている。鹿角の読みはどちらも「かづの」である。
付記3
宮大工の技のすばらしさを私が初めて知ったのは『木のいのち木のこころ 天』(西岡常一著 新潮社刊)においてである。例えば「木を買わず山を買え」という言葉がある。木は山の東西南北どの面で育ったかによって性質が変わる。だから(製材されたものを使うのではなく)山ごと買ってそこから材を採るべきだということだ。また木はその部分によっても性質が異なる。だからどの部分をどこに使うかはその都度材を見ながら決めていく。築後数十年の木材の変化を見越し計算して造り方を考える。そういった気の遠くなるような思考と作業を積み重ねて「木を長く生かす」こと。それが宮大工の仕事である。
付記4
十和田ホテルの所有者は下記のように変遷している。
1939 県営ホテルとして開業
1942 鉄道省へ譲渡
1949 進駐軍により接収
1955 日本国有鉄道(旧国鉄)から秋田県へ譲渡
1997 十和田ホテル㈱設立
1997年十和田ホテル㈱設立とあるので独立した会社になっているが現在経営は「藤田観光」に委託され会社自体このグループに属していると思われる。
付記5 「嶽きみ(だけきみ)」 はとうもろこしの一種。「 青森県弘前市の岩木山麓の嶽地区で作られる、2008年4月に地域団体商標登録に認定されたブランド品種。昼夜の気温差が大きい高原で栽培されるため、糖度は18度以上と高く、生食もできる。」(wikipedia トウモロコシ 2025年1月12日閲覧 より)
付記6 「桃豚」は秋田県小坂町にあるポークランド・十和田湖高原ファーム・ファームランド・バイオランドの4つの農場と北秋田市にあるノースランドの農場で飼育されたポークランドグループのブランド豚のこと。(十和田湖高原ポークSPF桃豚㏋ 魚拓 より)
付記7 古典の宿には古典の曲を。
無伴奏チェロ組曲第1番ト長調/バッハ【鍵盤】
An der schönen blauen Donau, Walzer, Op. 314 (2017 Remastered Version)
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