「思い出を切りぬくとき」2009/11/4
萩尾望都
これは、むかし私が20代の後半のころ、
主に「グレープフルーツ」という本に書いたエッセイです。
1970年代後半でしょうか。
たいていの人は、例えば20年前の日記を読みかえしたとき、
自分の青臭さに、てれるでしょう。
実に私もそうで、若いというか物知らずというか幼いというか
ピリピリイライラしてるというか、困ったものです。
四畳半と六畳の二間の下宿に住んで、黙々とマンガを描く日々でした。
P3「まえがき」より
☆☆☆
萩尾先生が20代のころに書かれたエッセイです。
私にとって「萩尾望都」といえば、神様みたいな存在で
子供時代から思春期のころまで、本当によく読みました。
とにかく絵が抜群にうまい!
あと少女マンガにありがちな、目の大きい女の子を描かないところもよく
ストーリーが素晴らしい!!
本書の中で、「トーマの心臓」が読者アンケートで最下位のため
早く連載を終わってほしいと、編集から言われたそうですが
私は「トーマの心臓」結構好きだったんですけどねー
かなり難しいお話だったと思うんですが
心惹かれた作品でした。
ドイツのギムナジウムを舞台にしたマンガというのも、当時はかなり珍しかった気がします。
作者のあとがきに書いてあった文章もなかなか興味深かったです。
P197 「あとがき 私と他者 」
私は対人関係の距離をうまくとることが出来ません。
幼いときからそうで、まず人見知りというものをしませんでした。
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無用心に他者になついては、「変な子」 と拒否されて傷つく。
それで私はだんだん、どうも「他者」は「私」ではないらしいと気づき
「他者」とは何か考え始めるわけです。
他者には他者の都合がある。気持ちがある。こだわりが、価値観がある。
そして、相手を理解すればするほど、私は「他者」という人間から遠ざかっていきました。
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私が物語世界を好きなのは、そこなら直接人間関係にトラブることはないし、
私が悩んださまざまなことを、登場人物も悩んでて共感がもてるから。
物語世界に逃げた私はそのまま物語世界の再構成を職業としたのでした。
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☆感想☆
自分の悩みや苦しみを物語世界で表現すること...
現実の世界ではないから、傷つくことはない。
それを職業にすることができた萩尾先生はすごいなぁと尊敬します。
HNKの100分で名著で、萩尾望都特集をやったことがあるんですが
そこに萩尾先生も参加されていて、そこで語られていた言葉にショックを受けました。
萩尾先生は落ちこぼれで、どうしてちゃんとできないのとずーっと親から言われていて
当時は失敗したりダメな子には何を言ってもよくて
そういう子には心がないと思われていたそうです。
でも、ダメとかバカとか死んじまえと言われた子は辛いですよね。
やっぱり心があるんだから...
社会から異端であること、嫌われ否定されている、
そういう立場の人として
「ポーの一族」のエドガーを描いたそうです。
それにしても、萩尾先生が落ちこぼれ?
対人関係の距離をうまくとれない?
私の個人的なイメージでは、明るくて社交的で
才能にあふれ、勉強もできる方だと思っていました。
(きっと学校の勉強が嫌いなだけで、頭はすごく良かったんだと思います..)
でも実は深い心の闇を持っていて
だからこそ、心に響く作品を描くことができたんでしょうね..
ということで、萩尾先生の作品をまたいろいろ読んでみたくなったので
まずは本屋さんへ行ってみることにします(*'▽')
「ポーの一族」というと、バラを思い浮かべますね🌹