古い街並みが残る春川の街。冬の朝日にうちの瓦が反射して、キラキラと輝いている。朝ごはんの匂いが漂う住宅街を、チョンユジンは走り抜けた。黄色のダッフルコートにピンクのリュックサック、長い髪をなびかせながら、懸命に走っていた。今日も寝坊した上に、妹の面倒をみていたら、見事に遅刻ギリギリになってしまった。ユジンの黒髪が朝日を浴びて、キラキラと輝いている。そしてパタパタと急ぐ足音に、のんびりと歩いているアジュンマ(おばさん)がびっくりしたような顔で見つめた。
「おばさん、おはようございます!」
ユジンは赤いお弁当袋を振り回しながら走り続ける。急がないと今日も高校に遅刻してしまう。遅刻魔の汚名を返上したいユジンは必死で走っていた。早くしないと、生活指導のゴリラ先生に捕まってしまう。国道に出ると、前にサンヒョクがのんびり歩いているのが見える。
「サンヒョク!サンヒョク!」ユジンは大声で叫んだ。サンヒョクが嬉しそうに振り返る。そして開けっぱなしのユジンのコートを優しい手つきでそっと閉めた。その顔は、ユジンの世話をするのは自分の役目で、ユジンが可愛くてたまらない、と言う様子だった。
チョンユジンは春川第一高校の高校二年生。天真爛漫で明朗活発だけれど、おっちょこちょいである。小学生の頃、父親を病気で亡くして、洋服屋をしている母親ギョンヒと、幼稚園児の妹のヒジンと暮らしている。
一方サンヒョクは、ユジンが赤ん坊の頃からの幼馴染で、いつもユジンの面倒をみている優等生だ。春川大学の数学教授の父親を持つ、物静かで勉強も出来て優しい、両親の自慢の一人息子だった。そしてサンヒョクの父親とユジンの亡き父親は親友だったので、ずっと家族のように過ごしてきた。
ユジンはサンヒョクに慌てて言った。
「サンヒョク!バス!バス!」
見ると満員御礼のバスがバス停に止まっている。あまりのぎゅうぎゅうぶりに、乗る人は押し合いへし合いの有様だ。サンヒョクはまずユジンを乗せてあげようと、ユジンの背中をバスに押し込んだ。予想どおり、サンヒョクはバスに乗れず、ユジンはギリギリ乗れたものの、窓ガラスに身体が押し付けられて、苦しそうな表情をしている。
「ユジン、寝過ごしちゃダメだぞ。僕は一本後で行くから、先に行くんだぞ。」
ドアが閉まる瞬間、サンヒョクの叫び声が微かに聞こえた。サンヒョクはいつもこんなふうに優しい。
バスは人を詰め込んだまま、ノロノロと悪路を進んだ。停留所に到着しては人を吐き出し、また走り、を繰り返してやがてバスはガラガラになってきた。ユジンはあまりに一生懸命走ったことや、さっきから人にもみくちゃにされてしまったので、疲れ果てていた。バスの揺れは緩やかな眠気をさそう。一番後ろの左の席が空いたのを確認して、ユジンはいそいそと歩いて行った。やっと定位置が空いた。そしてあくびを一つしながら、ドサッと座った。そして眠ってはいけないと頑張っても、あっという間に眠りに落ちてしまっていた。
カンジュンサンは、先程から右肩の重みに戸惑っていた。3駅前ぐらい前に一人の少女が自分の右側に座った。その子はチュンサンには目もくれずに、ツカツカとやってきて、おもむろに座ったのだった。彼女はすらりとした長身で、サラサラの髪の毛、雪のように白くて滑らかな肌、クリッとした目に、筋の通った鼻、ふっくらとしたピンク色の唇をしていた。チュンサンはこんなにかわいい子が世の中にいるんだ、と思ったけれど、その子はまるでお構いなしにドカリと腰を下ろすないなや、おおあくびをしてすぐに寝てしまった。そして今、自分の右肩にもたれて、スヤスヤと眠っている。サラサラの髪の毛からは、シャンプーの匂いがかすかに香ってきた。そのあまりにも無防備な様子に、戸惑うようなくすぐったい気持ちを覚えた。そして、春川第一高校で降りたかったのに、彼女が起きないので、そのまま乗り過ごしてしまい、今に至ると言うわけだ。
チュンサンは、物思いに耽っていた。彼は、ある理由を胸に、ソウルの名門である科学高等学校から、春川第一高校に今日転校してきた高校二年生。幼少から母ひとり子ひとりの寂しい家庭で育った。そして母親とは一学期だけ、と言う約束で母親の故郷である春川にやってきたのだった。ソウルではオシャレなブレザーの制服だったのに、春川では野暮ったい学ランを着ている。真新しい制服は、まだ肌に馴染んでいなかった。早く目的を果たさなければ、チュンサンはあらためて心に誓った。今朝はバスに乗る前から散々田舎の高校生によそ者扱いされて、じろじろ見られてしまい、居心地が悪かった。でも右肩の女子高生は自分を全く気にもとめずに、スヤスヤと眠っている。彼女の制服も襟が大きな野暮ったいものだったが、彼女が着ると可愛らしく見える。春川第一高校のものだ。何年生なんだろう?誰かに心を開いたり、人と近しい関係になるのが何より苦手な彼は、正直この少女に困惑していた。あまりに無防備すぎるのだ。そんなことを考えている間に、少女は少し目を覚ましたようだった。チュンサンは、静かに彼女の頭を向こう側に押すと、バスの揺れで反動がついて、向こう側の窓枠にコツンとぶつかった。すると、彼女は目を覚まして、チュンサンを睨みつけた。
チュンサンは彼女の目をまじまじと見つめた。寝起きの彼女は、寝ぼけたまま無垢な目で、じっとチュンサンを見つめていた。その目はあなただれ?わたしの安眠を妨害するなんて、と問いかけていた。少し垂れていて、クリっとした瞳がかわいらしい。チュンサンはその瞳から目が離せなくなった。思えば、この瞬間から僕は彼女に恋していたのかもしれない、あとでチュンサンそう思い出すのだった。これがカンジュンサンとチョンユジンの出会いだった。