キムジヌは昔から一本気な男だった。実直を絵にかいたようで、人には常に誠実でありたいと思っていた。DNAの結果で、チュンサンが自分の息子であることが分かった今、どんなに不都合な真実であっても、それを隠しておくという選択肢はなかった。むしろ、今更ではあるが、自分にもう一人息子がいたことはうれしかったし、ユジンとチュンサンのことを考えると、一刻も早く教えてあげた方が親切だろうと信じて疑わなかった。たとえ真実だとしても、情報を受け取る側にはタイミングや心の準備があるということ、他人に思いがけない波紋と混乱を招くということに思いがいかないのが、彼の欠点ではあったが。それでも、ジヌは一晩ゆっくり考えて、チュンサンが医師から病気の告知を受けた次の朝、朝ごはんを食べもせずにチュンサンのマンションを訪ねた。
緊張の面持ちで何度かインターフォンを押してみるが、応答はなかった。ジヌはがっかりしてマンションの外に出て、ぼんやりとしていると、向こうから深刻そうな顔のチュンサンがとぼとぼと歩いてくるのが見えた。ジヌはチュンサンの顔色が悪いのにも気が付かずに、満面の笑みを浮かべた。
しかしチュンサンはジヌの顔を見ると困惑した表情になった。いったいここでサンヒョクの父親が何をしているのだろうか。それでも、チュンサンはジヌを丁寧にもてなして、マンションに引き入れると、コーヒーを入れて一緒に座るのだった。正直、病院からの帰りだったので、今は独りでこれからのことを考えたかったし、先ほどの話で頭も心も混乱していて、少しでも休みたかったが、帰ってくれとは言えなかったのだった。
しかし、ジヌは椅子に座り込むと、チュンサンが用意したコーヒーを前に
「チュンサン、ありがとう。ありがとうな。」
と唐突に泣きだした。
チュンサンは訳が分からずに困惑してしまった。
「先生、いったいどうしたんですか?」
ジヌはチュンサンを目の前に、完全に自分の世界に入っていた。嬉しそうに目を細めてチュンサンを見つめている。
「私としたことが、どうして気が付かなかったのか。家の父に、君はそっくりだったのに気が付かなかったなんて。だから君のことがずっと心に残っていたんだなぁ。」
「先生、いったい何のお話ですか?」
「チュンサン、君は、君は、、、、私の息子なんだ。私の息子だってわかったんだよ。昨日、病院でDNA検査の結果が出てね、ミヒにも確認したんだ。だから、君はヒョンスの子じゃない。私の子なんだよ。本当に悪かった。」
チュンサンは目の前の男が信じられなかった。目の前で笑みを受けべで涙を浮かべているジヌの顔がめまいでくらくらして見えた。男はついに感極まって顔を覆って泣き出したが、チュンサンの心は凍り付いてしまった。
チュンサンは、泣き終わったジヌを丁重に見送った後、独り部屋の中で座り込んでしまった。父親が分かってうれしいというよりも、今は真実が受け止められなくて混乱してしまう。そして、高校2年のあの冬、自分が春川に転校した理由も思い返していた。
そう、『父親捜し』をしていたのだ。父親はジヌだと思い、ジヌの当時の職場を訪ねて、数学の授業を聴講したこと、授業の後にジヌを会話したことも思い出した。
『母とジヌは恋人同士だったのか?』の問いに『いいや、私がミヒに片思いだったんだ。ミヒとヒョンスが恋人同士だった』と言ったのはジヌではなかったのか。あの言葉で、自分の父親だと思い、自分とユジンは兄妹だと誤解したのに。
チュンサンは怒りと悲しみでいっぱいだった。ジヌも信じられなかったが、それ以上に信じられないのは、もちろん母親のミヒだった。ミヒは明らかに意図的にうそをついていた。はじめからヒョンスが父親ではないことを知っていたのに、繰り返し嘘を自分に告げていた。チュンサンはミヒが許せなかった。そして車のキーをつかむと、急いでミヒのスタジオに向かうのだった。今度こそ真実を求めて。