チュンサンがミヒのスタジオに入ると、ミヒはピアノの練習をしていた。しかしチュンサンの顔を見るとすべてばれてしまったことを悟り、覚悟して手を下ろした。それほど、チュンサンの目は静かな怒りに燃えていたのだ。チュンサンは鏡の前に立つと、ミヒの顔を見ずに話し始めた。
「母さん、どうして僕にうそをついたの?なぜ、僕に死んだ人が父親だと信じさせたの?教えてよ。」
しかしミヒはうつむいたままだった。
「ごめんね。チュンサン、本当にごめんなさい。」
その言葉を聞いて、ついにチュンサンの中で何かが切れる音がした。チュンサンは振り向くと、顔をゆがめてミヒに詰め寄った。
「ごめんね?今更ごめんねだって?それで許されると思っているの?僕とユジンの心を傷つけて、無理やり別れさせておいてごめんで済むと思っているの?母さん、理由があるんだろ。ちゃんと説明して。」
するとミヒは悲しそうな顔をして話し始めた。
「あなたを、あなたをどうしてもヒョンスの子だと思って育てたかったの。愛するの子だと信じることで生きてこられた。あなたと二人で生きていくためだったのよ。悪かったわ。本当にごめんなさい。」
チュンサンは繰り返し許しを請うミヒを前に、歯を食いしばって天を仰ぐしかなかった。母の身勝手さを憎む気持ちと、そう思い込まなければ生きてこれなかった母の弱さへの哀れみで、心が押しつぶされそうだったのだ。
チュンサンはしばらくの間黙ってただずんでいたが、やがて何も言わすに静かにスタジオを後にするのだった。
その日の午後、サンヒョクの仕事終わりに、ロビーで彼を待っていたのはほかならぬユジンだった。ユジンは吹っ切れたような明るい顔でサンヒョクを見つめて微笑んだ。
「留学先、調べてみた?」
「うん、フランスの田舎の学校にしようかなって思ってる。」
「そっか、僕も一緒に留学しようかな。」
サンヒョクは本気ともとれる口調でユジンに問いかけた。
「サンヒョクがここを辞めちゃったら誰が守るの?みんな困ってしまうわよ。」
ユジンは軽くいなした。
「そうだ、おかあさんには留学することを話したの?」
「うん、最初はすごく反対されたんだけど、そのうちしぶしぶ許してくれたわ。わたし、オンマには最初から全部やり直したいって言ったの。すべてを忘れて前だけを向くから許してほしいって。そういったらオンマ、大泣きして許してくれた。」
ユジンは申し訳なさそうにうつむきながら話した。
「そうか、きっとお母さんはユジンのことが心配なんだね。」
「うん、そうだと思う。口には出さないけど、寂しがってると思うの。申し訳ないわ。」
「ユジン、心配するな。僕が時々は顔を出して様子を見るから。」
「サンヒョク、本当にありがとう。」
ユジンはサンヒョクに感謝して微笑んだ。サンヒョクにとってはまだまだユジンの笑顔はまぶしかった。
「これも、いい機会かもな。前からずっと海外で勉強したがってたじゃないか。おめでとう。」
サンヒョクはユジンをエレベーターまで送ると、ふざけた調子で言った。
「ユジン、遊びに行ったら泊めてくれよな。」
「サンヒョク、もう何言ってるのよ。」
ユジンは今度もサンヒョクの本気ともつかない冗談を軽くかわして帰っていくのだった。サンヒョクはそんなユジンの背中を少し寂しげに見送った。