「ユジン、うちに来ない?」
ユジンはびくっとした。チュンサンは鍵っ子でなかなか親が帰って来ないので、2人きりになるのを、少し不安に感じていた。
チュンサンはユジンの気持ちを察したようにニッコリと安心させるように微笑んで
「話したいことがあるんだ。学校だとゆっくり話せないし、、、」と言った。
「分かったわ。でも今日は6時までには帰らなくちゃならないの。それでもいい?」
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二人は少し距離を置いて歩きだした。バスを降りた後チュンサンのうちに向かって歩いていく。
この前のように玄関でチュンサンは、リュックサックから鍵を取り出したので、ユジンは
「またおうちに誰もいないの?」と不安そうに聞いた。
「ユジナ、心配しないで」
チュンサンはそう言って、ユジンをそっとうちに招きいれた。
誰もいない家は今日も静まりかえっていて、寂しさを誘う。まるで温かみのない冷たい家。
ユジンは座って早々、飲み物を持ってこようとするチュンサンの手をそっと引き止めて、
「チュンサン座って。話しましょう。」と促した。
先日酔っ払いに絡まれて交番に連れて行かれたとき、父親がいないことは聞いていた。この前南怡島行ったときに、父親に会ったけれど、気づいてもらえなかったとも話してくれた。
「ねぇチュンサン、おうちのこと話して」
するとチュンサンもそのことについて話したかったようで、ポツリポツリと話しはじめた。
母親が未婚のまま産んだため、小さな頃から偏見にさらされて、肩身の狭い思いをしたこと、バカにされないように人一倍頑張ってきたこと、母親はひとりで懸命に働いているが、出張や海外での仕事も多く、たまに来てくれるお手伝いさんはいるものの、基本的にはひとりで住んでいること、ソウルのときもいつも孤独で信頼できる人がいなかったこと、母親なりに愛情をそそいでくれるのは分かっていても、父親のことを話してくれないこともあり、うまく甘えられずに、2人の間には溝があること、父親と思われる人に何度か会っているが、まだ本当に父親かは聞けていないことなどを話してくれた。
ユジンは苦しげな表情で話すチュンサンの話を黙って聞いていた。そして全ての話が終わったあと、チュンサンがひとりで抱えてきた孤独と寂しさを感じて、何も言わずにそっと抱きしめた。
すると背中にまわされたチュンサンの手や肩が小刻みに震えているのを感じた。ユジンのシャツに涙がポタリポタリと落ちて、小さなシミが広がっていった。ユジンは何度もそっと背中をさすって、チュンサンの心の傷が小さくなりますように、と祈った。
どれぐらいの間そうしていたか分からないけれど、チュンサンがそっとまわしていた腕を離した。そしてベッドの上に座って、恥ずかしそうにユジンの方に手を伸ばした。
「ユジナ来て」
ユジンは躊躇いながらも、チュンサンの手を握っておずおずとベッドの上に座った。
「ユジナ、ごめん。」よく見るとユジンのシャツの肩のところにチュンサンの涙の跡が広がって、ユジンの下着がくっきりと浮かび上がっている。チュンサンはその部分を愛おしそうに指でなぞっていた。そしてまた優しくユジンを抱きしめた。
「ユジナ、本当に聞いてくれてありがとう」
チュンサンは、ユジンが何も言わずに聞いてくれたことで、自分の孤独が癒やされて、固く閉じられた心が溶けていくのを感じた。
たったひとりこの世に自分を受け入れてくれる人がいれば、こんなにも心が満たされることを、生まれて初めて知った。
チュンサンにとって今までの人生で一番幸せな瞬間だった。