ユジンはそっと窓を開けた。外から少し湿っぽい空気が入ってくる。雨の匂いがする。
「夕方から雨かな」ユジンがポツリとつぶやく。しかしチュンサンは、雨の匂いに混じってユジンの髪の毛から漂ってくる甘い香りが気になってしまい、声が耳に入らなかった。ユジンは昔母親がつけていたスミレの香水のような爽やかだけど甘い匂いがする。
ユジンがチュンサンの顔を覗きこむように見ると、チュンサンは真剣すぎる顔で自分を見ている。
「チュンサン、どうしたの?わたし何か変なこと言ったかな?」
「、、、ユジナ、僕の家に寄って行かない?」
思わず口走ってしまった一言に、チュンサン自身が一番驚いた。チュンサンの母親は海外で1週間は戻らないし、父親がいないことはまだ話していない。だからだろう、ユジンは普通にサンヒョクの家に遊びに行くような気楽な気持ちで
「えっ、いいの?わたし男の子の家に行くの初めて。あっ、違った、、、サンヒョクの家には何度も行ってるけど。あははは」と屈託なく笑って言った。
チュンサンは、本当は僕ひとりだけども良いかな?と言いたかったのだが、サンヒョクの名前が出たとたん、絶対に言うものかと言う固い決心が込み上げてきて、貝のように口をつぐんでしまった。そして嬉しそうに前を向いて微笑んでいるユジンをそっと見つめていた。
やがてチュンサンの家の近くのバス停で2人は降りた。チュンサンは2人きりの家に連れて行くというシチュエーションにとても緊張してしまい、ますます無口になった。ユジンにも、なんとなくその緊張が伝わってしまったようで、隣でゴリラの話やヨングクの話、国語のテストがいまいちだった話など機関銃のように話しまくって、いつも以上に口数が多くなっている。
やがて2人はチュンサンのうちの門をくぐって、玄関にたどりついた。するとチュンサンはリュックサックからおもむろに鍵を取り出し、玄関を開けはじめたのだ。
ユジンはびっくりしてしまい、「お家に誰もいないの?」と少し不安そうな声で言った。
チュンサンはポーカーフェイスで
「ああ、今日は母さんまだ帰ってないみたいだね」と言った。あと一週間帰って来ないと言ったら、ユジンが理由をつけて帰ってしまいそうで、それが怖くて夕方には帰るようなニュアンスで話してしまった。
ユジンは、少しためらう様子だったけれど、「チュンサンは鍵っ子なのね。わたしもそうなのよ。」と自分を安心させるように言って、家の中に入った。
「お邪魔します」靴をきちんと揃えて上がる彼女を目尻を下げて見つめながら、チュンサンは自分の部屋へと彼女をいざなった。