「べてるの家」をもっともわかりやすく言い表すことばは、「今日も、明日も、明後日も、順調に問題だらけ」かもしれない。精神障害をかかえながら生きるということは、「暮らす」というあたりまえの現実に対して、人の何倍ものエネルギーを費やし、負担をかかえて生きることを意味する。それは、チェーンのはずれた自転車を当てもなくこぎ続けるような疲労感と、「この世界は自分を必要としていない」という圧倒的な空虚さの渦に本人を巻き込む。
しかも、当事者達の五感がとらえる現実は、ちょっと違っていたりする。多くの人たちには見えないものが見え、聞こえない声が聞こえ、感じないものを感じ、そしてそれが想像もしなかったものに変容したり、“歪む”という現実を生きることを余儀なくされ、それは、時として周囲との摩擦や軋轢を引き起こす。そのため当事者の多くは、長い間、精神科病院という特別な場を終の棲家として生きることを余儀なくされてきた。
しかし、四十年前(1978年)、北海道の田舎町、浦河で日高管内(東京都の二・二倍の広さ)のたったひとりのソーシャルワーカーとして私が出会った精神障害を持つ人たちの日常は、そのような困難な状況にありながら実にたくましく、したたかで、毎日が“可笑しみ”に満ちていた。そのようなメンバーとの出会いは、いつしかソーシャルワーカーとしての私に課せられた「精神障害者の社会復帰の促進」という期待と役割を、見ず知らずの地で暮らす社会人一年目の「私自身の社会復帰」のテーマとして投げ返してくれた。
ここに紹介した様々なエピソードは、「べてるの家」と私の周辺で起きた出来事をつづったものである。「公私混同」とか、「ワーカー、クライエントの関係の逸脱」という巷の風評を聞きながら、まずは、泥水にへたり込んでいる人たちのかたわらに、さりげなくしゃがみ込み、力なくいっしょに困りながらも、あまりの無力さと情けなさに、お互いに顔を見合わせて、思わず笑わずにはいられなくなる瞬間に、人が生きるということの無限の可能性と当事者の力を感じ取ってきた。その一端が、読者に多少でも伝われば幸いである。
特に今回の増補版の出版にあたっては、あらためて字句を整え、新しい情報や理解を加える一方、バングラディッシュのマイメイシンにあるラルシュ共同体で障害者支援活動に従事するJOCS(日本キリスト教海外医療協力会)のワーカーである岩本直美さんとの出会いをきっかけに生まれた統合失調症を持ちながら、閉ざされた環境で暮らす女性のお宅への“突撃在宅訪問”記を最後に掲載した。アジアでは、数百万人にも及ぶ多くの統合失調症などを持つ人たちが、「忘れられた人々」として“牢獄”にも等しい過酷な環境で生きることを余儀なくされている。
「変革は、弱いところ、小さいところ、遠いところから」(清水義晴)という言葉が示すように、「べてるから吹く風」が、遠いバングラディッシュの地にもそよぎ、これらの交流を通じて、私たち自身がまず、ラルシュに学び、教えられることを通じて、アジアの精神保健福祉の改善に少しでも貢献できればと思う。
しかも、当事者達の五感がとらえる現実は、ちょっと違っていたりする。多くの人たちには見えないものが見え、聞こえない声が聞こえ、感じないものを感じ、そしてそれが想像もしなかったものに変容したり、“歪む”という現実を生きることを余儀なくされ、それは、時として周囲との摩擦や軋轢を引き起こす。そのため当事者の多くは、長い間、精神科病院という特別な場を終の棲家として生きることを余儀なくされてきた。
しかし、四十年前(1978年)、北海道の田舎町、浦河で日高管内(東京都の二・二倍の広さ)のたったひとりのソーシャルワーカーとして私が出会った精神障害を持つ人たちの日常は、そのような困難な状況にありながら実にたくましく、したたかで、毎日が“可笑しみ”に満ちていた。そのようなメンバーとの出会いは、いつしかソーシャルワーカーとしての私に課せられた「精神障害者の社会復帰の促進」という期待と役割を、見ず知らずの地で暮らす社会人一年目の「私自身の社会復帰」のテーマとして投げ返してくれた。
ここに紹介した様々なエピソードは、「べてるの家」と私の周辺で起きた出来事をつづったものである。「公私混同」とか、「ワーカー、クライエントの関係の逸脱」という巷の風評を聞きながら、まずは、泥水にへたり込んでいる人たちのかたわらに、さりげなくしゃがみ込み、力なくいっしょに困りながらも、あまりの無力さと情けなさに、お互いに顔を見合わせて、思わず笑わずにはいられなくなる瞬間に、人が生きるということの無限の可能性と当事者の力を感じ取ってきた。その一端が、読者に多少でも伝われば幸いである。
特に今回の増補版の出版にあたっては、あらためて字句を整え、新しい情報や理解を加える一方、バングラディッシュのマイメイシンにあるラルシュ共同体で障害者支援活動に従事するJOCS(日本キリスト教海外医療協力会)のワーカーである岩本直美さんとの出会いをきっかけに生まれた統合失調症を持ちながら、閉ざされた環境で暮らす女性のお宅への“突撃在宅訪問”記を最後に掲載した。アジアでは、数百万人にも及ぶ多くの統合失調症などを持つ人たちが、「忘れられた人々」として“牢獄”にも等しい過酷な環境で生きることを余儀なくされている。
「変革は、弱いところ、小さいところ、遠いところから」(清水義晴)という言葉が示すように、「べてるから吹く風」が、遠いバングラディッシュの地にもそよぎ、これらの交流を通じて、私たち自身がまず、ラルシュに学び、教えられることを通じて、アジアの精神保健福祉の改善に少しでも貢献できればと思う。