ネガティブさの麻薬
19.(イエス:)ネガティブ思考の人間というのは、麻薬中毒のようなものだ。それも、どこにでもあるような麻薬ではなく、何の良いところもなく、ただ恐ろしいほどの依存性を持つだけの、本当に悪い麻薬だ。いったんそれを経験し、吸ってしまうと、とたんに抵抗力が弱まり、すぐさま習慣になる。ネガティブさの麻薬を吸うと、何度も悪いトリップをして、そのたびに、深く、暗い、泥沼に落ちていく。ネガティブさと戦ってそこから救出されないなら、最後にはあきらめて、ネガティブさに負けてしまう。だが、どんなに長い間ネガティブさに耐えて生きてきたとしても、あなたはそれを克服できる。
20.もし正気なら、何の得もない、何かとても恐ろしいものの中毒になるに任せる人などいないだろう。さて、サタンはすべての薬を糖衣でくるんで、ゆっくりと、ずる賢く、あなたの肉の思いと見せかけの理論に訴える方法で与え始める。
21.ネガティブさは他のとても多くの霊的問題や、さらには肉体的問題につながる。だから、敵はこの策略をとても好むのだ。ネガティブさの背中にはとても多くのものがおんぶしている。批判的態度、苦い根、嫉妬、落胆、うつ、さらには摂食障害、不眠症などの肉体的な問題でさえもだ。ネガティブさに対して扉を開けると、知らない内に他の多くの間違った物事も引き入れてしまう。
22.わたしの子供たちはたいてい、何度かはネガティブさに試みられたことがある。いつだって、何かの面で自分よりも才能がある人や、自分もほしいと思うような物(それがどんなに小さな物でも)を持っている人がいるものだ。サタンは何か論理的で筋が通っているものから始めて、その上にだんだんと築いていく。
23.敵は何食わぬ顔でそれを始める。最初は邪悪な誘惑に少しの真実を混ぜる。軽い「かわいそうな私」病にかかるのは、ほとんど慰めにもなると言えるほどだ。もしかしたら、あなたは何かの面で進歩しようとしているけれども、それが難しいのかもしれない。敵はそこにつけ込む。あるいは、あなたにはボーイフレンドやガールフレンド、夫や妻がいないのかもしれない。すると、敵はそこから手を着け始める。あるいは、その日、誰かがあなたよりも証しの結果が良かったとか、他にも色々あるだろう。ほんのちょっとしたことでも、あなたの思いにネガティブさの種を植えるためのきっかけになる。そして、すぐさまそれに対抗しないと、どんどん大きくなって、手に負えなくなる。そして、あっと言う間に、予期していたよりもとても多くの問題を抱えてしまう。
24.しかも、さらに悪いことに、いったんネガティブさを取り入れてしまうと、自責の念に対しても扉を大きく開いてしまうことになる。ネガティブになるのは正しくないと知っていて、そうなりたくないとは思うが、「もう手遅れだ。私はひどい失敗者だ。すでにネガティブさを中に入れてしまい、私は負けてしまった。だから、私はこれからずっとこのままなんだ」という思いに襲われる。自分の心の庭を見渡すと、そこは実にめちゃくちゃで、雑草だらけなので、「もうやめてしまえ!」と考えるのだ。
25.けれども、その時、あなたは気づかなければならない。助けを呼び求め、ネガティブさの雑草を取り除きたいと心に決めるや否や、その習慣がどんなに悪くても、どんなに長い間ネガティブだったとしても、わたしが強力な斧を持ってやってくるのだと! わたしは雑草を切り倒すだけでなく、あなたの庭をきれいにして、すべてを完全な勝利に変えることができる。
19.(イエス:)ネガティブ思考の人間というのは、麻薬中毒のようなものだ。それも、どこにでもあるような麻薬ではなく、何の良いところもなく、ただ恐ろしいほどの依存性を持つだけの、本当に悪い麻薬だ。いったんそれを経験し、吸ってしまうと、とたんに抵抗力が弱まり、すぐさま習慣になる。ネガティブさの麻薬を吸うと、何度も悪いトリップをして、そのたびに、深く、暗い、泥沼に落ちていく。ネガティブさと戦ってそこから救出されないなら、最後にはあきらめて、ネガティブさに負けてしまう。だが、どんなに長い間ネガティブさに耐えて生きてきたとしても、あなたはそれを克服できる。
20.もし正気なら、何の得もない、何かとても恐ろしいものの中毒になるに任せる人などいないだろう。さて、サタンはすべての薬を糖衣でくるんで、ゆっくりと、ずる賢く、あなたの肉の思いと見せかけの理論に訴える方法で与え始める。
21.ネガティブさは他のとても多くの霊的問題や、さらには肉体的問題につながる。だから、敵はこの策略をとても好むのだ。ネガティブさの背中にはとても多くのものがおんぶしている。批判的態度、苦い根、嫉妬、落胆、うつ、さらには摂食障害、不眠症などの肉体的な問題でさえもだ。ネガティブさに対して扉を開けると、知らない内に他の多くの間違った物事も引き入れてしまう。
22.わたしの子供たちはたいてい、何度かはネガティブさに試みられたことがある。いつだって、何かの面で自分よりも才能がある人や、自分もほしいと思うような物(それがどんなに小さな物でも)を持っている人がいるものだ。サタンは何か論理的で筋が通っているものから始めて、その上にだんだんと築いていく。
23.敵は何食わぬ顔でそれを始める。最初は邪悪な誘惑に少しの真実を混ぜる。軽い「かわいそうな私」病にかかるのは、ほとんど慰めにもなると言えるほどだ。もしかしたら、あなたは何かの面で進歩しようとしているけれども、それが難しいのかもしれない。敵はそこにつけ込む。あるいは、あなたにはボーイフレンドやガールフレンド、夫や妻がいないのかもしれない。すると、敵はそこから手を着け始める。あるいは、その日、誰かがあなたよりも証しの結果が良かったとか、他にも色々あるだろう。ほんのちょっとしたことでも、あなたの思いにネガティブさの種を植えるためのきっかけになる。そして、すぐさまそれに対抗しないと、どんどん大きくなって、手に負えなくなる。そして、あっと言う間に、予期していたよりもとても多くの問題を抱えてしまう。
24.しかも、さらに悪いことに、いったんネガティブさを取り入れてしまうと、自責の念に対しても扉を大きく開いてしまうことになる。ネガティブになるのは正しくないと知っていて、そうなりたくないとは思うが、「もう手遅れだ。私はひどい失敗者だ。すでにネガティブさを中に入れてしまい、私は負けてしまった。だから、私はこれからずっとこのままなんだ」という思いに襲われる。自分の心の庭を見渡すと、そこは実にめちゃくちゃで、雑草だらけなので、「もうやめてしまえ!」と考えるのだ。
25.けれども、その時、あなたは気づかなければならない。助けを呼び求め、ネガティブさの雑草を取り除きたいと心に決めるや否や、その習慣がどんなに悪くても、どんなに長い間ネガティブだったとしても、わたしが強力な斧を持ってやってくるのだと! わたしは雑草を切り倒すだけでなく、あなたの庭をきれいにして、すべてを完全な勝利に変えることができる。
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