船内のモーニングルームで窓の外を見つめる裕子。コーヒーを運んでくれた外国人は若いスタッフだった。
「ありがとう」
という裕子にお辞儀して戻って行くスタッフ。
「あなたはどこの国の人?」
「フィリピンです」
「フィリピンではありがとうは?」
「タガログ語でサラマッポです」
裕子にサラマッポと言ってお辞儀する。お辞儀して戻るスタッフ。ゆっくりと時間が流れていった。
裕子が海がよく見える場所に行くと賑やかな声が聞こえた。たいていご主人が奥さんを写真に撮っている。その時二人が交わす言葉。だけど一人の人は何も言わない。心で思うだけ。裕子がキョロキョロ眺めるとイスに座っている一人の女性が見えた。裕子が近づくととてもいい笑顔を見せてくれた。裕子が何か言おうかと思った途端、彼女は立ち上がって手を振った。
「主人です」
裕子が振り向くと男性が近づいて来た。
「主人は船中ウォーキングしてました。これから朝食、その後はジム通い」
「ジムいいですよ」
近づいてそういうご主人に
「マッチョですか?」
と笑顔になる裕子に
「いやー、毎日ジムに行きますからいらしていただいたらお見せしますよ、マッチョ」
「やぁねぇ、余計なことを言わないの」
と言われて引っ張られて遠ざかっていく。
去っていく二人の背中を眺める裕子。一人と二人は付き合えない。一人にはやっぱり一人がいい、そう思った裕子が飛び上がった。パパ! 忘れてた!!
裕子は家を出掛ける時に大きなバッグに花柄で包んだ裕の位牌を入れていたのにすっかり忘れていた。
「パパ! ごめんなさい」
ベッドの隣りにあるテーブルに裕の位牌と小さな写真を飾った。それからノートを出して来た。そして靴を履いたままベッドに寝転んで書き始めた。1ページ目に書くのは スズキムタク 桜と梅 至福の夜 フィリピン語でサラマボ マッチョ そして最後に書いたっけ
「一人ぼっち」