2010年7月に既刊されている『王選手コーチ日誌 1962-1969』(講談社)という本を少しずつ読んでいる。著者は王貞治・ソフトバンクホークス球団取締役会長(元巨人)を育てた荒川博・元巨人打撃コーチ。何が面白いと言って、これほど打撃理論をわかりやすく書いている本はないし、そのモデルになっているのが“世界のホームラン王”王貞治というのが痛快。たとえば、1962(昭和37)年6月3日(日)の記述は次の通り。
「ここのところ雨が多く、みな部屋で麻雀に夢中。/王もまだ未熟者のくせに一緒になって麻雀をやっていたがこれは一度注意しなくてはいけない。/とくに練習休みの時には、300本から500本の素振りの練習をする必要あり。/午後のミーティングの後に素振りの練習をしたが、結局タイミングがひと呼吸遅れるので、これをどうにかしなければ永久に強打者になれない。バックスイングをしなければ力が出ないという考え方を直さない限り、永久に解決しない。/毎日、毎日何回でも言う、ヒッチを直せ」
通算868本の本塁打を放ち、聖人君子の代表のような王にして、こんなに普通にダメな時期があったとは、妙にホッとするではないか。
この日誌は1962年1月20日から始まる。プロ1年目の59年から61年までの3年間の成績はこんなふうだ。
1959年 打率・161(安打 31)、本塁打 7、打点25、三振 72
60年 打率・270(安打115)、本塁打17、打点71、三振101
61年 打率・253(安打100)、本塁打13、打点53、三振72
好素質はわかるが、殻を破り切れないもどかしさが伝わってくる成績である。当時の川上哲治監督は61年に荒川を打撃コーチに招聘し、「王を育てよ」と命じた。本書を読めばわかるが、巨人の選手をコーチするというより、その指導は王だけに向けられていたようだ。
時間をさかのぼって、4月6日の記述を見てみよう。
「投手を、小山、村山と仮定してちょっと近くから投げさせたので、全員詰まり気味、特に王もステップすればするほど詰まるので、ノーステップ気味にするようにして打つことと言ったら、割合よく当たった。なぜならば、球が速ければ速いほど、ステップする余裕がなくなる。瞬間的な速さに対し、バックスイングがどうでこうでと考えて打てるものではない。(中略)だから瞬間的にボールが来たら自然に打つためのステップをするよう教えた」
これなどはT-岡田(オリックス)や中田翔(日本ハム)の取り組みを彷彿とさせるようで非常に興味深い。半世紀前の打撃指導が現在でも通用しているということである。こういう記述が随所にある。指導者はもちろん、現役の選手にも是非読んでもらいたい本だ。