ジュラシック・ワールド/炎の王国
Jurassic World: Fallen Kingdom
2018年 128分 アメリカ
寝不足が続いている。うまく寝られないのだ。昨日は早めに風呂に入って転がったのだけど、眠気が襲ってこなかったのと、全身が痒く感じられたので、仕方なくTVの前の簡易ベッドに横たわった。YouTubeでも見ようかとFireTVを点けたのだけど、そういえばと思い出し、プライムで映画を見ようかなと。ジュラシックワールドが全面に表示されていたのを思い出したからだ。
例の事件から3年後、島では恐竜たちが自由な生活を楽しんでいた。ところがそこの火山に噴火の兆候が現れた。このままでは恐竜は全滅してしまう。どうすべきかを考える人たち。そのままにすべきという意見には「人でなし」と浴びせられる。
別の場面、水中に沈んだ恐竜の骨を回収しようとするやつがいた。ティラノやモササウルスに食い殺されながらも、どうにか骨の回収に成功する。
さて、現在は恐竜保護を目的とした団体のクレア(元運用管理者)は、島の恐竜を救出するためロックウッドを訪ね仲間とともに島に駆けつける。到着したが、島は噴火を繰り返していた。出迎えた兵士のような人にヴェロキラプトルのブルーを探すように言われ探すことになった。発見したとたん兵士は裏切り、オーウェンは麻酔弾で撃たれて倒れる。彼らの真の目的は恐竜を島から連れ出して兵器として売りさばくことだった。
ブルーは特別な恐竜だった
富豪のベンジャミンは、島から恐竜を連れ出し、人のいない島で恐竜たちだけのサンクチュアリを作るつもりだったが、秘書(財産管理人?)が金儲けのために裏切っていたのだ。捕獲された恐竜たちはベンジャミンの屋敷「ロックウッド・エステート」の地下の施設に運ばれ、兵器やコレクションとしてオークションで売られ金儲けに使われるとともに、インドラプトルと呼ばれる新しい遺伝子組み換えの恐竜に利用されようとしていた。オーウェンとクレア、ベンジャミンの孫娘メイジーらのはたらきもあり、多くの恐竜たちが逃げ出し、最後には・・・。
年とっているから顔見ただけでは確証はできなかったんだけど、最初の法廷(?)みたいなところで話しているのは第一作で出てきた数学者のマルコム博士だよね?? 全ての結論を言えば、結局「常に彼の言葉は正しかった」ってこと。この映画の監督さん、ちんけなヒューマニズムで動く人たちにこの言葉を捧げたかったからこの映画を作ったんじゃないかと思ってしまう。彼の『島の恐竜の運命は自然に委ねるべき』の言葉に「人でなし」という人たちへ贈る言葉は、『人間は恐竜と共存していかなければならない。真のジュラシック・ワールドにようこそ。』 今のコロナ禍が重なるのが不気味だ。中国の作った細菌兵器と共存しなければいけない世界を作った人間への賛歌(笑)
これからは恐竜とライオンが共存する世界になる・・。
出てくる人たちも、結局はディズニーに毒された「動物はかわいい」「人間はこいつらを守ってやらなければ」の信念で動いているのかと、嫌な気持ちになる。
日本人は道ばたの草花や虫にさえ愛と憐憫の情を感じるのが西洋人には不思議ならしい。私たちは動物を殺すのと同じように、道ばたに咲いている花を踏みにじって命を奪うこともかわいそうと思う。虫が嫌いでもだから殺せば良いとしか考えない人たちとは違う。牛を殺して肉を食べるのも、鯨を殺して食べるのも同等と考える。動物も植物も同等に扱う。西洋人は違う。この動物は知能が高いからかわいそうで殺しちゃダメ。この動物は下等で何も考えられない程度の生き物だから殺して良いと考える。鯨やイルカは殺してはいけないが、牛なら良い。牛なんて殺されて食べられるだけに繁殖させられ、太らされ、気持ちよく生きているのを殺して食べられるのに、何の罪悪感も感じない。私には、殺されるためにだけ生まれてくる牛の方に哀れみを感じる。だけど生きていくために殺めるのはしかたのないことも知っている。だから鯨も牛も同等と考える。それどころか、キャベツやレタスだって生きているのを殺して食べているわけで、それも生きるための同等の罪と考える。「動物を殺していない菜食主義者の私って素晴らしい」と言うアホではない。西洋人に「知能が高いから・・、下等なものだから・・」という考えがある限り、『だから黒人は劣等なんだ、白人は優越なんだ』という差別はなくならないと思う。いつまでも進歩しない輩だ。
日本人だって、殺さなくてすむものなら殺したくない。恐竜が生きていけるならそれに越したことはない。しかし、自分たちを恐竜のどちらかを取るなら自分たちを取るのが当然と考える。恐竜を無理矢理保護して自分たちが死んでいくなんてそれこそ「人でなし」と言うべきだ。シーシェパードの人が「鯨のためになら自分は死ねる」なんて言ってたね。もちろん口だけの偽善者だが。
日本にもいるんだよ。熊を捕獲して殺処分したら「かわいそう、なんてことするの。山に逃がしてあげれば良いのに」って言う人。
そんな人には、熊に連れて行かれて行方不明になった人たち(実際に北海道であった)が自分の子どもだったら同じことが言えるのかと問いたい。自分に関係ないから無責任なことを平気で言える人たち。現実を見ずに自分の中の平和な世界だけで生きて判断している賢い(笑)人たち。無責任でちんけなヒューマニズムに反吐が出る。
とまぁこんな汚い言葉を使いたくなるような場面がここにはあったんですよ。全ての人がそうは感じないかも知れないけどね。
いつも思うんだけど、ハリウッドの人って日本の映画・アニメを相当見ているんじゃないかな。
「クローンだって生きている」
ミューツーと同じじゃん。せめてエンドクレジットに「日本のポケモン映画、ミューツーの逆襲を参考にしました」って書いて欲しい。ライオンキングは「ジャングル大帝の完全パクりです」が適切だな。