恐怖日和 ~ホラー小説書いてます~

見よう見まねでホラー小説書いてます。
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怪異収集家 【ドアの向こう】

2019-03-29 11:04:13 | 怪異収集家
 


 看護師Mさんの話。
 以前勤めていた病院には何年も寝たきりで亡くなるまで個室に入院していた患者Bさんがいた。
 Mさんが勤めるずっと以前からいたというのだから、かなり長いのだが、家族に会ったことはなく、見舞客もいないので、金はあっても身寄りや友人はいないのだろうと思った。
 Mさんがちょうど夜勤明けでいない日にBさんはあっけなく亡くなった。
 遺体は処置を施されて運び出され、その後どう弔われたのか、Mさんにはわからない。
 ずっといたBさんがいなくなったので「なんだかさみしいね」などとみんなで話し合っていたが、それもほんの数日だけで、後は忙しさに紛れてしまった。
 病室はしばらく開け放され、長年の澱んだ空気も古いマットレスなどとともに交換された。
 閉め切っていたブラインドを上げて明るくなった病室にやがて初老の男性患者Fさんが入院してくる。
 Mさんが夜勤のある夜、その病室からのナースコールが鳴り響き、担当の新人ナースが素早く駆けていった。
 だが、すぐ戻ってきてFさんが寝ぼけていると笑う。
「わけわからんこと言うてはるねん」
 誰かがドアの前に立っているのが小窓に映っているのだという。
「わたし行ったときは誰もおらんかったし」
 新人ナースはそう言うと次の仕事に移った。
 その後もFさんは間髪入れず何度もコールを鳴らしてきて、その度に駆け付けていた新人ナースがべそをかき始めた。
「Mさん何とかしてぇ。誰か立ってる言うねん。怖くて眠れやんって。誰もおりませんよ言うても、いてるって聞かへんねん。背の高い紺色の寝巻着た人やって、ガラスのとこにぴったり張りついてずうっとこっち見てるって。
 カーテン引いても、見える言うて聞かへんねん」
 Mさんは持っていたペンを落とした。
 Bさんが紺色の寝巻を着た背の高い老人だったことを思い出したのだ。
 大きくナースコールが響き、Mさんはびくりとした。戸惑いつつも行こうとする新人ナースを手で制し、今度はMさんが行った。
 部屋を変えてくれと訴えるFさんの手を握り、今夜は無理だからとなだめる。
 明日、明日換えますから。
 Fさんにではなく、自分には見えないドアの向こうに立つBさんに懇願した。
 すると、すうすうFさんの寝息が聞こえ始め、Mさんはほっとした。
 翌朝申し送りの際、昨夜の一件を師長に伝え、Fさんの病室は速やかに交換された。
 その後Mさんが辞めるまで、どんなに満室でもその部屋だけは病室として使用しなかったという。
 ただ今はどうなっているのかわからない。


恐怖日和 第三話『盆栽』

2019-03-29 01:13:01 | 恐怖日和

盆栽

 所用で元同僚の住む町にきた。
 用事を済ませた後、久しぶりに会いに行こうと渡辺の住む地区へと足を向けた。
 お互い定年退職をして賀状だけの関係になっている。今年の年賀状には、相変わらず息子は帰ってこないと愚痴が書かれてあった。
 彼の息子は大きな都市の大学に入り、卒業後もこの田舎町には戻ってこなかった。結婚して子供もできたらしいが滅多に帰ってこないらしい。
 孫の顔も長い間見ていないとも書いてあった。面倒がなくていいよと付け足してあったが本当は寂しいのだろう。
 渡辺の住む町はずいぶん変化していた。成長した子世代たちが建て替えたおしゃれな住宅が立ち並んでいる。
 我が家の近辺も同じような状況だ。
 渡辺宅に近づくにつれて子供の笑い声や泣き声が聞こえて来た。隣近所には三輪車や小さな自転車が乱雑に置かれ、ままごとのおもちゃが道路にまで散らばっている。
 以前私が訪ねた時はちょうど彼の息子が家を離れた後で、同じ世代の住む住宅地は巣立ち後の閑静な地区になっていた。今や子世代で騒々しく賑わっている。
 もし渡辺の家に息子が戻っていれば、同じように賑やかになっていただろうに。
そう思うと、以前のままの渡辺家が寂しく見えた。
 急に訪ねてきた私に渡辺は嫌な顔こそしなかったが、青白く覇気のない表情に老け込むにはまだまだ早いと少し心配になった。
 奥さんはカルチャーセンターに行っているらしく、構いはできないと言いつつ麦茶を入れてくれた。
 こちらも手ぶらだから気を遣わないでくれと笑ったが、渡辺はにこりともしない。
 昔はこんな奴ではなかったが、突然の訪問を怒っているわけでもなさそうだ。
「なんか心配事でもあるのか?」
「いや、別に」
「まさかどこか具合が悪いとかじゃないだろうな」
「どこも悪くない。血圧が少し高い以外いたって健康だよ」
 渡辺は微かに笑ったあと、灰皿と煙草を持って縁側に移動した。
 軒に吊るされた風鈴がちりんと鳴った。
 庭の棚には盆栽が並んでいた。大会で賞を取ったとはしゃいでいた当時の渡辺を思い出す。だが、自慢の盆栽は見る影もなく荒れ果てていた。
「もう盆栽やってないのか?」
 私の問いかけに返事もせず、彼は庭を向いたままただ黙って煙をくゆらせていた。
 認知症と言う言葉が浮かんだ。
 いやそんなことはない。同じ年齢の男としてそう信じたかった。
 私は立ち上がって縁側に出た。「これ借りるぞ」と、沓脱石の上のつっかけを履いた。
 盆栽棚の前に行き、素人目でもよくないとわかる枝の伸びまくった盆栽たちを眺める。
 私はため息をつき、そっと渡辺のほうを盗み見た。相変わらず視点のない眼差しで煙草を吸っている。
 どこかの家で赤ん坊が泣きだした。別の場所からきんきんした声で子供たちが喧嘩を始め、また別の家から子供向け番組の歌が大音量で響いてくる。
「ここらもえらく賑やかになったな」
 私は苦笑交じりの笑顔を渡辺に向けた。
「そうだろ」
 渡辺はこちらを見ることもなく煙を吐きだした。ぞっとするような暗い声だった。
 私は気持ちを切り替えるように、「なっ、これ切ってやれよ。こういうの全然わからんけど、ちょっと重そうだぞ」と、もっさりした枝の盆栽を指さした。
「ああ、もうちょっと待ってるんだ。気が向いたらばっさり切ってやるつもりだ」
 渡辺は盆栽を見もしないで低く笑った。
 私はしばらくしゃべりかけていたが、いっこうに距離が縮まらず、あきらめて渡辺宅を後にした――
 
 数か月後、渡辺は枝切鋏で近所の子供たちの首を次々と切りつけ逮捕された。