恐怖日和 ~ホラー小説書いてます~

見よう見まねでホラー小説書いてます。
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恐怖日和 第三十三話『少女から生まれる少女・知代の場合』

2019-09-10 11:58:30 | 恐怖日和

少女から生まれる少女・知代の場合

「ふうん。この制服わりかしいいじゃない」
 姿見の前で蛇穴美鱗(さらぎみうろ)が勢いよく回ると腰まで長い糸のような銀髪がさらさら揺れた。
 明るいグレーのブレザーは赤いリボンタイがよく映え、同色系のチェック柄のスカートがかわいらしさに華を添えている。
 美鱗はご満悦の表情で鏡を覗き込んだ。
 眉毛の上で切りそろえられた前髪の下には異常に大きな銀色の目が怪しく光っている。
「知代ちゃん。早くしないと遅刻するわよ」
 階下からの声に美鱗が「はあい」と返事すると、髪や目がシュッと知代に変化した。
 机に置いた鞄を持ち「じゃ行ってくるわ」と知代になった美鱗は空ろな目を天井に向けたままでベッドに横たわる知代に声をかけた。
 
「おい、知代。おまえ何学校来てんだよ。もう来るなっていってんだろうが」
 教室に入るや否や、先に席に着いていたイジメの主犯留美子が周りを取り囲む六人の取り巻きの間から知代を見上げた。
 取り巻きたちも振り返り、にやにや笑う。
 イジメの始まった原因がなんだったのか、美鱗は知らない。その頃はまだ知代の内に発生していなかったからだ。
 だが、留美子が小学校時代の親友だったことは知っている。走馬灯のように浮かんだ知代の記憶の中に仲良く手をつなぐ二人を見た。
「帰れってんだよ」
 取り巻きの一人が席に着こうとした知代の尻を蹴った。
 麻美は留美子に気に入られようといつも真っ先に知代を攻撃してくる。入学時、隣同士になったのが縁で最初に友達になったというのに。小学校時代イジメを受け仲間外れにされたという経験を持ち、つい最近まで知代の味方をしていたが今は違う。それも走馬灯で知った。
 知代は侮蔑の眼差しで麻実を振り返った。己の小ささは己が一番知っている。だから敏感だ。
 麻実は知代の目が何を語っているか察知し、それが図星だけにカッとなるのも速かった。
「何睨んでんだよ」
 再度、知代の尻を思い切り蹴飛ばす。
 机や椅子を飛ばして床に倒れ込んだ知代を見て、留美子たちが手を叩いて大笑いした。
 倒れても目を見開いて睨んだままの知代に心の深い部分を突かれているようで、麻美は知代の胸ぐらをつかみにかかった。
 ぐいっと頭を起こした知代は麻実の耳に長い舌を這わせた。
「お前が一番卑劣。わたしが死んだ原因はお前」
 驚いた麻実が一瞬目を見張る。だが悲鳴を上げる間もなく、銀色の目をした知代の長い舌に首を絞め上げられた。
 麻実の首がごきりと音を立て真横に傾いたのを見た留美子は自分の見たものが信じられず思わず立ち上がった。取り巻きたちも驚愕の眼差しでお互いの顔を見やっている。
 麻実の身体が床に落ち、知代が立ち上がった。
「ば、化け物っ」
 留美子の剣幕に知代がふっと笑い、
「どっちが?」
 そう言うと舌を素早く伸ばし取り巻きのうち三人の足を折った。
 逃げ出そうとする残り二人も捕まえて足をへし折り、恐怖で動けずにいる留美子の首に舌を巻き付け、その先を左目に近づけていく。
「知代――おまえ、なんなんだよ――」
 留美子が瞼を固く閉じたが、それを舌先でこじ開け眼球を貫いた。
「ぎゃあああ」
 留美子の脚を伝い落ちる小便が床に水たまりを作る。
 巻き付けていた舌を外すとその上に留美子がくずおれた。
 あとの五人が床を這いながら知代から逃げようとした。だが、知代の長い舌が刃物のように次々と五人の身体を引き裂いた。教室一面に血が飛び散り、ただの肉塊となった少女たちの四肢や胴体が床に転がる。
 それを残った右目で見せつけられた後、留美子は弾丸のように飛んできた舌先に顔面を打ち砕かれた。

「えー? 記者さん? なんも話しちゃいけないって先生たちに言われてるの。ねー」
「そうそう」
「うーん困るんだけどぉ――え、知代? あの日は来てなかったよ。だって、ほら、ね」
「そうそう。それなのに留美子ったらまるでそこにいるかのようになんか言ってた」
「あれ何だったの? みんな急に体中を掻きむしって苦しみ出したの。怖かった」
「ほんと。あの悲鳴、わたし今でも耳について離れない」
「わたしもー」
「すごく怯えてたよね。あれ何に? 急に床に倒れてのた打ち回ってるのも怖かったし」
「なんもなってないのに、すごく痛いって叫んでたじゃん」
「一応先生を呼んできたけど、誰もどうしていいかわからなかったよね」
「死因? はっきり知らないけど全員心不全だったって。職員室の話聞いて来た子が言ってた」
「ねえ、噂知ってる?」
「なんの?」
「え、あんた知らないの?」
「だから何よ」
「あれ知代の呪いだって」

 留美子と取り巻き六人が死んだ朝、知代の母親は確かに知代の「はあい」という声を聞いた。
 だが、二階からなかなか降りてこないので部屋を覗くと知代はまだ布団の中にいた。
「やだ、この子二度寝しちゃったの? 知代、起きなさい。もう完全に遅刻よ」
 そう言いながらベッドに近づき母親は異常に気付く。
 慌てて布団をはがすと、右手にカッターナイフを握りしめ、左手首に傷がぱっくりと開き、知代は乾いた血溜まりの中ですでに息絶えていた。

恐怖日和 第三十二話『赤い箱』

2019-09-09 10:56:18 | 恐怖日和

赤い箱

 姉の可代子宛てに荷物が届いた。
 みかん箱大の赤い箱だ。
 毒々しい赤に、いったいどこの店のものかと思いながら、未央子は代わりに受け取った。
 品名も差出人の名もなく怪しいと思ったが、とりあえず本人の部屋に入れておいた。
 その次の日も小包が届いた。
 同じ形の赤い箱でやはり差出人の名はない。
 受け取って、また部屋に入れた。
 三日目も小包が届く。
 同じ赤い色をしていたが今度は長い箱だった。これも差出人の名はない。
 どれもみな結構な重さで、もし姉が購入した物なら、いったい何なのだろうか。
 そう思ったが確かめもせず、未央子は姉の部屋に入れた。
 その日の夜、電話がかかって来て受話器を取る。
 男の声だった。
「もしもし可代子? プレゼント気に入ってくれた?」
「姉は今留守にしています。あの――どなたですか?」
 未央子は送り主だと気付いて問うてみたが、電話は切れてしまった。
「なに? 失礼なやつね」
 その日はそれっきりかかってこなかったが、翌日また長い箱とミカン箱大の赤い箱が届き、夜に電話のベルが鳴った。
「プレゼント気に入ってくれた?」
「だから姉はいませんって。
 いったいあなた誰? 姉は当分帰りませんから、もう送ってこないでください」
「ウソつくな。いるのはわかってんだ。
 あんた妹の未央子だろ? 俺は笠井だよ。可代子の恋人。聞いたことあるだろ?」
 その言葉で一年前に姉が交際していたという男を思い出した。二か月ほど付き合ったが凄まじい独占欲の強さに嫌気がさした姉はそいつと別れ、未央子のマンションに逃げてきた。会ったことはなかったが名前は聞いて知っている。奴はここの住所を突きとめたのだ。
「あなた姉とはもう別れたんでしょ。迷惑ですから、とにかくもう送ってこないで」
「そんなこと言わず可代子を出してくれよ。
 そこにいるのわかってるって言ってんだろ。この間っから全然外出してねえんだから」
「いないって言ってるでしょっ」
 この部屋を見張っていることに気付き、かっとなって受話器を叩きつけた。
 すぐ呼び出し音が鳴り、いっこうに止む気配がないので仕方なく出ると、
「明日、最後のプレゼント持ってくよ」
 そう言って切れた。
「ほんとにしつこい。そんなだから嫌われたんでしょうがっ」
 未央子は大きく独り言ち、ソファに座って胡坐をかいた。いまだに腹が立ってたまらず、苦い表情で爪を噛む。
 笠井がしっかりつかまえておけば、姉はここに来なかったのだ――恋人の裕人を奪われることもなかった。
 未央子にばれ、姉は泣いて謝った。
 だが許すことができず、裕人のもとへ行こうとした姉を包丁で刺した。
 罪悪感も恐怖もまるでなく、死体は部屋に放置したままだ。笠井が何度かけてこようと姉が電話に出ることはない。
 ふと未央子は届いた荷物が気になった。
 笠井はあれをプレゼントだと言った。
 いったい何が入っているのか。
 未央子は異臭が廊下に流れ出るのも気にせず姉の部屋に入った。
 隅に積んだ赤い箱の底に何かの液体が滲み出ているのに気付き、次々と箱を開けていく。
「うっ」
 中身はビニール袋にくるまれたバラバラ死体だった。
 箱の染みは血が漏れ出たものだ。
 長い箱には腕と脚がそれぞれ一対。その他の箱にはそれぞれ胸部と腹部のぶつ切りが入っていて、最後に届いた箱には内臓が順に収められていた。
 左乳首の横の大きな黒子がこの死体を裕人だと示している。
「笠井のやろうっ」
 裕人を姉の恋人だと思って見せしめに殺したのだろう。
 なにがプレゼントだっ。
 裕人の胸が入った箱にもたれ泣き叫んでいた未央子だったが、しばらくして姉の死体をバスルームまで引きずっていき、バスタブに入れて湯を張り始めた。
 湯が溜まるまで箱の中身も全部バスタブにぶちまけた。
「こんな裕人なんていらないのよ。一緒になれてよかったじゃない。ねぇ、お姉ちゃん」
 赤く染まった湯がひたひたに浸かると、今度は追い炊きを点火しフタをする。
 そう言えば裕人の首がなかった。
 だが、笠井は明日最後のプレゼントを持って行くと言っていた。
 そう、『持って行く』と。
「あのやろうっ。せっかくお姉ちゃんを殺したのに台無しにしやがって。絶対許さないからなっ」
 未央子は笠井を迎える計画を頭で練りながら、包丁を研ぎ始めた。

恐怖日和 第三十一話『しつけ』

2019-09-08 11:16:19 | 恐怖日和

しつけ


「りょうちゃん、ちゃんと子供たち見ててよ」
 胸元の開いた派手な赤いワンピースを着たゆりがレースのショールを肩に引っかける。
「ったく、いつも見てるだろうが。うぜえな」
 亮介はスマホから目も上げない。
「何言ってんの。あんたがちゃんと働いてくれてたら、うちは仕事に行かなくていいのよ」
「うるせっ」
 目をつり上げて亮介はビールの空き缶をゆりの足元に投げた。
「ちょっとやめてよ。
 とにかく、ちゃんと見てて。悪いことしたらお仕置きしてもいいからね」
 そう言ってゆりは出て行った。
「お仕置きしてもいいんだとよ」
 亮介はスマホから目を上げて部屋の隅に座る二人の男の子を見た。
「ぼくたちわるいことしないもん」
 兄の健太が口を尖らせた。
「ちないもん」
 弟の浩史が真似をする。
「うるせっ、生意気言うんじゃねっ」
 亮介はまだ半分ほど残っているビールの缶を健太に向かって振り上げたが、もったいなくてやめた。
「おじちゃん、おなかすいた」
「ちゅいた」
「ったくよぉ、毎日毎日、ガキに飯くらい食わせてから行けってーの。お前もさ、もう五歳なんだろ。いちいち言わなくても自分で飯くらい作って食えよ。冷凍室になんかあんだろ? チンして食え。弟にもちゃんと食わせろよ」
 亮介はスマホゲームに戻り、もう子供たちに見向きもしなかった。
 健太はそっと立ち上がって冷蔵庫に向かった。浩史も同じようについて来る。
 冷凍室の引き出しをそっと開けて一つだけ残っていた冷凍チャーハンの袋を取り出した。
 浩史は指をくわえて黙って見ている。でも表情は嬉しそうだ。
 二人は朝から何も食べていなかった。
 仕事から帰って来たゆりは毎日夕方まで眠ったままだ。自分が働いているのだから子供の面倒は亮介が見てくれればいいと思っている。
 亮介は亮介で、家賃滞納で追い出されたところをたまたま行ったスナックで同情されたゆりに拾ってもらっただけで、赤の他人の子供の面倒など見る気はさらさらない。
 健太たちの朝ごはんはゆりが仕事帰りにコンビニで買ってきた菓子パンだが、今朝は珍しく早く起きた亮介に全部食べられてしまった。昼ごはんは基本食べられず、たまにカップ麺があれば、自分でコンロにやかんをかけて湯を沸かし――健太にはそれができた――浩史と二人分け合って食べるが、きょうはそれもなかった。
 冷凍室の食材は許可がなければ食べられなかったが、いま許可が出たので健太たちは亮介の気が変わらないうちに急いで食べなければいけなかった。
 椅子に立って食器棚の一番上から大皿を取り出す。
 テーブルの上で開封したチャーハンをそこに盛るとレンジの前まで椅子を引っ張った。フローリングに擦れた椅子の脚が音を立てる。
「うるせえっ」
 亮介の声が飛んできて健太たちは首を引っ込めた。
 浩史が兄のいつもの仕草を真似て小さな人差し指を口の前に立てる。健太は微笑んでうなずいた。
 椅子に乘ってレンジのドアを開けると健太はチャーハンの皿を取るためいったん降りようとした。だが、待ちきれない浩史が手を伸ばす。
「だめだよ」
 注意したが遅かった。案の定、床にチャーハンをぶちまけ皿の割れる激しい音が響いた。
「うるせえってんだろっ。
 あっ? おめえらっなにやってんだよっ」
 亮介がスマホを置いてキッチンに来た。こういう時だけスマホから目と手を離す。
「ご、ごめんなさい」
「なちゃい」
 健太と浩史が怯えた。
 亮介は些細なことでも怒りのスイッチが入る。床にぶちまけたチャーハンを見たら、なおさらひどく怒るに違いない。
「おいおいおい、おめえらよぉ、何やってくれてんだ? もったいないことしやがって」
 そう言うなり、浩史の背を蹴り飛ばした。
 まだ三歳の小さな身体が飛び、テーブルの縁に顔をぶつけた後、反動で後ろに倒れ込んだ。
 浩史は突然のことに声を出せないでいたが、数秒後、鼻血の噴出とともに大きく泣き叫び始めた。
「ひろしっ」
 健太が駆け寄り浩史を抱き起こす。
 亮介は健太の後ろ襟をつかんで浩史から引き離すと浩史の髪をつかんで床に散らばる凍ったチャーハンに顔をすりつけた。
「おらっ、もったいないだろうがっ、食えよっ、おらっ食えっ」
 泣き叫ぶ口の中にチャーハンと欠けた皿の破片が入る。
 ぎゃああと浩史の泣き声がひときわ大きくなった。
「ひろしをはなせ」
 健太も涙を流しながらしゃがむ亮介の背中を蹴った。
 だが、体格のいい亮介の身体は微動だにしない。
「ああ? しつけだよ。しつけ。お母ちゃんが言ってたろ? 悪いことしたらお仕置きしてもいいってさ」
 振り向いた亮介の顔に浮かんでいるのは気持ち良さそうににやけた笑みだった。
「お前もだめだろ? 俺の背中蹴ったらさ。いわば俺は父ちゃん代わりだ」
 亮介がゆっくり立ち上がり、健太に手を伸ばす。
 健太はテーブルを回り込んで素早く反対側に移動し、うつむいて泣き叫ぶ浩史のもとに駆け寄った。
 舌打ちしながら亮介が一歩二歩と近づいてくる。
 浩史を置いて逃げられない健太はじわじわと迫る大男を見上げた。
 その時、亮介がチャーハンの塊と浩史の口から出血した血溜まりを踏んで足を滑らせた。
 仰向けで派手にすっ転ぶと後頭部を思い切り床に打ちつけ、そのまま意識を失った。

 沸騰したやかんのピーというけたたましい音で亮介の目が覚めた。
 俺はいったいどうしたんだっけ? 
 あのクソガキたちがチャーハンぶちまけて――そうだ。チビの血で足を滑らせたんだ。
 亮介が今見えているのはしみったれた天井の木目ばかりだ。横を見ようにも頭を動かすことができない。それどころか身体の自由も利かなかった。
 おいおい、どうしたんだ。頭打って身体のどっかが利かなくなったんか? クソったれっ、あいつらのせいだ。どこ行った?
 呼びつけたくても口も開かない。その時になってようやく亮介は何かで自分の口がふさがれ、頭や身体が床に固定されていることに気付いた。
 亮介を覗き込む健太の顔が視界に入る。
 おいってめえ、ざけんなっ。これをはずせっ。
 そう言いたいが喉で唸るだけで言葉にならない。どうにかして起き上がろうと全力で手足や頭を動かしてみたが無駄だった。
 健太が銀色のガムテープを亮介に見せた。
 それは千切れかけた洗濯機のホースをつなぎ直すためにゆりがホームセンターで買ってきたものだ。
「これすごく強力だってママ言ってた」
「いってた」
 顔の腫れた浩史も亮介を覗き込む。出血は止まっていたが垂れている鼻水には血が混じり、口の周りには赤い血がこびりついていた。
 びっとガムテープの音がしてテープを持った健太の手が視界に入る。それを亮介の額に貼り付け、頭の固定をより強固なものにした。次に首、肘、手首、腰、膝、足首、そしてまた頭からと順番に貼っていく。
 どれだけ繰り返されているのか。大きい巻きがあと少ししか残っていない。だが、ゆりはもう一本予備に買っていたはずだ。それも使い切っていたら――
 もう一度力を入れてみたが腕も脚も動かせなかった。
 ピーというやかんの音がずっとうるさい。
「悪いことしたらおしおきしなきゃね」
「ね」
 テープを最後まで使い切ると健太が亮介から離れた。
 音が止み、健太が慣れた手つきでやかんを持ってきた。
「しつけだよ。しつけ」
「ちつけ」
 健太はやかんを傾け、湯が自分たちに飛び跳ねないようゆっくりと亮介の顔に熱湯を注いだ。