古事記 上つ巻 現代語訳 六十五
古事記 上つ巻
綿津見大神の教え
書き下し文
是を以ち海神、悉に海の大小魚を召び集め問ひて曰く、「若し此の鉤を取れる魚有りや」ととふ。故、諸の魚白さく、「このころ、赤海鯽魚、喉の鯁に、物得食はずと愁へ言へり。故、必ず是れ取りつらむ」とまをす。是に赤海鯽魚の喉を探れば、鉤有り。取り出だして、清め洗ひ、火遠理命に奉る時に、其の綿津見大神誨へて曰さく、「此の鉤を以ち、其の兄に給ふ時に、言りたまはむ状は、『此の鉤は、淤煩鉤、須須鉤、貧鉤、宇流鉤』と云ひて、後手に賜へ。然して其の兄、高田を作らば、汝命は下田を営りたまへ。其の兄、下田を作らば、汝命は高田を営りたまへ。然為たまはば、吾水を掌る。故に、三年の間に、必ず其の兄貧窮しくあらむ。若し其れ然為たまふ事を恨怨みて攻め戦はば、塩盈つ珠を出して溺らし、若し其れ愁ひ請さば、塩乾る珠を出して活け、如此惚まし苦しびしめたまへ」と云ひ、塩盈つ珠、塩乾る珠并せて両個を授けまつる。
現代語訳
ここをもちて海神は、悉く海の大小魚を召び集め問いていうことには、「もしこの鉤を取った魚は有るか」と問いました。故に、諸(もろもろ)の魚がもうして、「このごろ、赤海鯽魚(たひ)の、喉の鯁(のぎ)に、物が食えずと愁え言っています。故に、必ずこれが取っているでしょう」と申しました。ここに赤海鯽魚の喉を探ったところ、鉤が有りました。取り出だして、清め洗い、火遠理命(ほおりのみこと)に奉る時に、その綿津見大神(わたつみのおおかみ)が誨(おし)えていうことには、「この鉤をもち、その兄にお授けになる時に、言りになる様子は、『この鉤は、淤煩鉤(おぼち)、須須鉤(すすち)、貧鉤(まぢち)、宇流鉤(うるち)』と云って、後手(しりへで)にしてお授けなさい。然して、その兄が、高田を作ったなら、汝命は下田を営りなさい。その兄が、下田を作ったなら、汝命は高田を営りなさい。そうなされば、吾が水を掌(つかさど)ります。故に、三年の間に、必ずその兄は、貧窮しくなるでしょう。もしそのようになさることを恨怨みて攻め戦いしたなら、鹽盈珠(しほみつたま)を出して溺らせ、若しそれ愁ひ請さば、鹽乾珠(しほふるたま)を出して活かしなさい。如此(かくのごとく)惚まし苦しめなさい」と云い、塩盈つ珠、塩乾る珠を并せて両個を授けました。
・赤海鯽魚(たひ)
鯛
・鯁(のぎ)
のどに刺さる小さい魚の骨
・淤煩鉤(おぼち)
心がおぼつかない釣り針
・須須鉤(すすち)
心がおどりくるう釣り針
・貧鉤(まぢち)
貧乏になる釣り針
・宇流鉤(うるち)
愚かな釣り針
・後手(しりへで)
うしろ手。呪言に伴う呪的行為
・鹽盈珠(しほみつたま)
潮を満ちさせる霊力があるという玉。満珠。しほみち
・鹽乾珠(しほふるたま)
潮を引かせる霊力があるという玉。しおふるたま。干珠
現代語訳(ゆる~っと訳)
これを聞いて海神は、悉く海の大小魚を召び集めて、「もしこの釣針を取った魚はいるか」と問いました。
すると、多くの魚が、「このごろ、タイがのどに小さい魚の骨が刺さる病気で、物が食べられないと愁え言っています。きっとタイが取ったに違いありません」と申しました。
そこで、タイの喉を探ってみると、釣針がありました。取り出だして、清め洗い、火遠理命に献上する時に、その綿津見大神が教えて、
「この釣針を兄にお与えになる時に、仰せになる言葉は、『この釣針は、ぼんやり釣針、跳ね回る釣針、貧乏になる釣針、愚かな釣針』と言って、うしろ手にしてお与えなさい。
そして、その兄が、高いところに田を作ったなら、あなたは低いところに田を作りなさい。その兄が、低いところに田を作ったなら、あなたは高いところに作りなさい。
そうなされば、私が水を支配しています。こういうわけで、三年の間に、必ずその兄は、貧乏になるでしょう。
もしあなたがそのようになさることを兄が恨んで、戦さを挑んできたなら、
潮を満ちさせる霊力がある玉を出して溺らせ、
もし憐れみを乞うならば、潮を引かせる霊力がある玉を出して生かし、このようにして、悩まし苦しめてやりなさい」といい、
塩盈つ珠、塩乾る珠をあわせて二個を授けました。
続きます。
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