リートリンの覚書

古事記 上つ巻 現代語訳 三十四 根の堅州国からの脱走


古事記 上つ巻 現代語訳 三十四


古事記 上つ巻

根の堅州国からの脱走


書き下し文


 是に其の妻須勢理毘売は、喪の具を持ちて哭きて来。其の父の大神は、すでに死にきと思ほし、其の野に出で立たす。尓して其の矢を持ちて奉る時、家に率入りて、八田間の大室に喚び入れて、其の頭の虱を取らしめたまふ。故尓して其の頭を見れば、呉公多に在り。是に其の妻、牟久の木の実と赤土とを取り、其の夫に授く。故其の木の実を咋ひ破り、赤土を含み唾き出だせば、其の大神、呉公を咋ひ破り唾き出すと以為ほして、心に愛しと思ひて寝ます。尓して其の神の髪を握り、其の室の椽毎に結ひ著けて、五百引の石を、其の室の戸に取り塞へ、其の妻須勢理毘売を負ふ。其の大神の生大刀と生弓矢と其の天の詔琴を取り持ちて、逃げ出でます時に、其の天の詔琴樹に払れて地動み鳴りき。故其の寝ませる大神、聞き驚かして、其の室を引き仆したまふ。然あれども椽に結へる髪を解かす間に遠く逃げたまふ。故尓して黄泉比良坂に追ひ至り、遥に望けて呼ばひ、大穴牟遅神に謂ひて曰く、「其の汝が持てる生大刀・生弓矢を以ちて、汝が庶兄弟は、坂の御尾に追ひ伏せ、亦河の瀬に追ひ撥ひて、意礼大国主神を為り、亦宇都志国玉神と為りて、其の我が女須勢理毘売を鏑妻と為て、宇迦能山の山本に、底津石根に宮柱布刀斯理、高天の原に氷椽多迦斯理て居れ、是の奴」といふ。故其の大刀・弓を持ち、其の八十神を追ひ避くる時に、坂の御尾毎に追ひ伏せ、河の瀬毎に追ひ撥ひて始めて国を作りたまふ。

 故其の八上比売は先の期の如く美刀阿多波志都。故其の八上比売は率来つれども、其の鏑妻須勢理毘売を畏みて、其の生める子は木の俣に刺し挟みて返りぬ。故其の子を名づけて木俣神を云ふ。亦の名を御井神と謂ふ。


現代語訳


 ここにその妻・須勢理毘売(すせりびめ)は、喪具(そうぐ)を持って、哭いて来ました。その父の大神は、すでに死んだと思って、その野に出て立ちました。そうして、その矢を持って奉る時に、家に引き入れ、八田間(やたま)の大室(おおむろ)に喚び入れて、その頭の虱(しらみ)を取らせました。こういうわけで、そのように、その頭を見ると、呉公(むかで)が多く居ました。ここにその妻は、牟久(むく)の木の実と赤土とを取り、その夫に授けました。こういうわけでその木の実を食い破り、赤土を含み唾き出したところ、その大神は、呉公を食い破り、吐き出しているのだと思い、心に愛しと思って寝てしまいました。そのように、その神の髪を握り、その室の椽(たるき)ごと結い着けて、五百引(いおひき)の石を、その室の戸に取り塞いで、その妻・須勢理毘売を背負いました。その大神の生大刀(いくたち)と生弓矢(いくゆみや)とその天の詔琴(のりごと)を取り持って、逃げ出す時に、その天の詔琴が樹にふれて地動(つちとよ)みが鳴りました。こういうわけで、その寝ていらっしゃった大神が、聞いて驚き、その室を引きたおしました。しかしながら、椽に結ばれた髪を解かす間に、遠く逃げてしまいました。こういうわけで、そうして黄泉比良坂(よもつひらさか)に追い至ると、遥に望み呼んで、大穴牟遅神にいって曰く、「その汝が持っている生大刀・生弓矢をもって、汝の庶兄弟(ままえおと)を、坂の御尾に追ひふせ、また、河の瀬に追ひ払い、意礼(おれ)大国主神(おほくにぬしのかみ)となり、また、宇都志国玉神(うつしくにたまのかみ)となって、その我が女・須勢理毘売を適妻(むかひめ)として、宇迦能山(うかのやま)の山本に、底津石根(そこついわね)に宮柱(みやばしら)布刀斯理(ふとしり)、高天の原に氷椽多迦斯理(ひぎたかしり)て居れ、こやつ」といいました。こういうわけで、その大刀・弓を持ち、その八十神を追ひ避くる時に、坂の御尾ごとに追ひ伏せ、河の瀬ごとに追ひ払って、始めて国を作りました。

 こういうわけで、その八上比売(やがみひめ )は、先の期(ちぎり)の如く、美刀阿多波志都(みとあたはしつ)しました。こういうわけで、その八上比売を率いて来ましたが、その鏑妻・須勢理毘売を畏れて、その生める子を木の俣に刺し挟みて返りました。こういうわけで、その子を名づけて木俣神(きまたのかみ)といいます。またの名を御井神(みいのかみ)といいます。



・喪具(そうぐ)
葬式のときに使う道具
・八田間(やたま)
柱と柱の間の広大なこと。また、そのところ
・大室(おおむろ)
大きな室
・虱(しらみ)
ヒトや動物に寄生して吸血しながら生活している昆虫
・牟久(むく)
ムクノキの別称
・椽(たるき)
丸いたるき。家の棟から軒にわたして屋根を支える材木
・五百引(いおひき)
動かすのに多人数の力を要する
・生大刀(いくたち)
大国主神が根の堅洲国から持ち帰った大刀で、古事記のみに登場する
・生弓矢(いくゆみや)
生き生きとした生命力のある弓と矢
・詔琴(のりごと)
天つ神の詔(のりごと)を請うときに用いたと信じられた和琴
・庶兄弟(ままえおと)
母親の違う兄。弟。
・適妻(むかひめ)
正式の妻。正妻、鏑妻とも
・底津石根(そこついわね)
地の底にある岩。地の底。
・布刀斯理(ふとしり)
布刀は「太」の意と解され、立派の意の。美称とする説がある。斯理は、建物の形式の名
・氷椽多迦斯理(ひぎたかしり)
氷椽(ひぎ)・破風の木材を長く延ばして、棟で交差させ、屋根上に突出させたもの。千木(ちぎ)
・美刀阿多波志都(みとあたはしつ)
男女が交合をするという尊敬語



続きます。

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