古事記 上つ巻 現代語訳 六十一
古事記 上つ巻
海佐知毘古と山佐知毘古
書き下し文
故火照命は、海佐知毘古と為て、鰭の広物、鰭の狭物を取り、火遠理命は山佐知毘古と為て、毛の麁物、毛の柔物を取りたまふ。尓して火遠理命、其の兄火照命に、「各佐知を相易へて用ゐむと欲ふ」と謂ひ、三度乞はせども、許さず。然あれども遂に纔かに相易ふることを得つ。尓して火遠理命、海左知を以ち魚釣らすに、都て一つの魚も得ず、亦其の鉤を海に失ひたまふ。是に其の兄火照命の、其の鉤を乞ひて曰く、「山佐知も、己が佐知佐知、海佐知も、己が佐知佐知。今は各佐知返さむと謂(おも)ふ」という時に、其の弟火遠理命、答へて曰りたまはく、「汝の鉤は、魚釣りしに一つの魚も得ず、遂に海に失ひき」とのりたまふ。然あれども、其の兄強に乞ひ徴る。故其の弟、御佩の十拳剣を破り、五百の鉤を作り、償ひたまへども、取らず。亦一千の鉤を作り、償ひたまへども、受けずて云はく、「猶其の正体の鉤を得む」と云ふ。
現代語訳
故、火照命(ほでりのみこと)は、海佐知毘古(うみさちびこ)として、鰭(はた)の広物、鰭の狭物を取り、火遠理命(ほおりのみこと)は、山佐知毘古(やまさちびこ)として、毛の麁物(けのあらもの)、毛の柔物(けのにこもの)を取っていました。尓して、火遠理命が、その兄・火照命に、「各々の佐知(さち)を相かえて、用いようとおもう」と謂い、三度乞いましたが、許しませんでした。しかしながら、遂にわずかに相かえることを得ました。尓して、火遠理命は、海左知をもち、魚を釣ろうとしましたが、かつて一つの魚も得ることができませんでした。またその鉤を海に失ってしまいました。ここに、その兄・火照命が、その鉤を乞いていうことには、「山佐知も、己が佐知佐知、海佐知も、己が佐知佐知。今は、各々の佐知を返そうとおもう」という時に、その弟・火遠理命は、答えていうことには、「汝の鉤は、魚を釣りしに一つの魚も得ることができず、遂に海に失ってしまった」とおっしゃられました。しかしながら、その兄は、強く乞いました。故に、その弟は、御佩(みはか)の十拳剣を破り、五百の鉤を作り、償いましたが、受け取りませんでした。また、一千の鉤を作り、償いましたが、受け取らずいうことには、「なおそのもとの鉤を得たい」といいました。
・広物(ひろもの)
幅の広い物。 大型の物。 多く、「鰭(はた)の広物」の形で用いられ、大きい魚をさす
・狭物(さもの)
狭く小さいもの。多く「鰭(はた)の狭物」の形で用いられ小さい魚の意を表わす
・毛の麁物(けのあらもの)
毛がかたい、大きな獣
・毛の柔物(けのにこもの)
毛がやわらかな、小さい獣
・佐知(さち)
獲物をとる道具
・御佩(みはか)
身にお着けになる。腰に御差になる
現代語訳(ゆる~っと訳)
その、火照命は、海の幸を得る男・海佐知毘古として、海の鰭の大きい魚、鰭の小さい魚を獲り、
火遠理命は、山の幸を得る男・山佐知毘古として、毛が硬い、大きな獣、毛が柔らかな、小さい獣を獲っていました。
そんなある時、火遠理命が、兄・火照命に、
「お互いの獲物をとる道具を交換して使ってみたい」といい、三度頼みましたが、火照命は、許しませんでした。
しかしながら、ついにやっと交換することが出来ました。
そこで、火遠理命は、海の道具を使って、魚を釣ろうとしましたが、まったく一匹の魚も釣ることが出来ませんでした。そのうえ兄から借りた釣針を海中になくしてしまいました。
ここで、その兄・火照命が、その釣針を求めて、
「山の獲物も、山幸彦が山の道具を使うからこそ、海の獲物も、海幸彦が海の道具を使うからこそ、獲物を上手く獲ることができるのだ。すぐに、互いの道具をもとどおりにしよう」
という時に、その弟・火遠理命が答えて、「兄さんの釣針で、魚を釣ろうとしましたが、一匹の魚も獲ることが出来ず、しかも、その釣針を海中になくしてしまいました」といいました。
しかしながら、兄・火照命は、強く返せと責め立てました。
こういうわけで、弟・火遠理命は、身にお着けになっていた十拳剣を壊し、500の釣針を作り、弁償しましたが、兄は受け取りませんでした。
そこで、1000の釣針を作り、弁償しましたが、兄は受け取らず、
「元の釣針を返して欲しい」といいました。
続きます。
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ありがとうございました。