古事記 上つ巻 現代語訳 六十四
古事記 上つ巻
火遠理命のため息
書き下し文
是に火遠理命、其の初めの事を思ほして、大きなる一歎したまふ。故、豊玉毘売命、其の歎きを聞きて、其の父に白して言さく、「三年住みたまへども、恒に歎かすことも無きに、今夜大きなる一歎為たまふ。若し何の由有らむ」とまをす。故、其の父の大神、其の聟夫に問ひて曰く、「今旦我が女の語るを聞けば、『三年坐せども、恒は歎かすことも無きに、今夜大きなる歎為たまひつ』と云ひつ。若し由有りや。亦此間に到りませる由は奈何に」といふ。尓して其の大神に、語りたまふこと、備に其の兄の失せにし鉤を罸れる状の如し。
現代語訳
ここに火遠理命は、その初めの事を思い出して、大きなる一歎(なげき)をおつきになられました。故に、豊玉毘売命(とよたまびめ)は、その歎きを聞いて、その父に申していうことには、「三年住みましたが、恒に歎いたことが無かったのですが、今夜、大きな一歎をなさりました。もし何か由があるのでしょうか」と申しました。故に、その父の大神が、その聟夫(むこ)に問いていうことには、「今旦(けさ)我が女の語りを聞いたが、『三年いらっしゃるが、恒は歎いたことが無かったが、今夜、大きな一歎をなさりました』と言った。もし由があるのか。またここに到る由は、奈何に」といいました。尓して、その大神に、つぶさにその兄が失せし鉤を(返せ)と罸(はた)れるさまのとおりに語りました。
・聟夫(むこ)
娘の夫
・今旦(けさ)
今日の朝。今朝。けさ
現代語訳(ゆる~っと訳)
ここに、火遠理命は、兄・火照命の釣針をなくしてこの国に至った事を思い出して、大きなため息をおつきになられました。
すると、豊玉毘売命は、そのため息を聞いて、その父に、
「夫・火遠理命は、三年この国にお住みですが、これまでため息をすることがありませんでした。しかし、今夜、大きなため息をなさいました。もしかして、何か理由があるのでしょうか?」といいました。
そこで、その父の大神が、その婿に尋ねて、
「今朝、我が娘の話しを聞くと、『三年いらっしゃるが、ため息をすることが無かったのですが、今夜、大きなため息をなさりました』と。
もし何か理由がおありでしょうか?
またここに到る理由は、どうしてですか?」といいました。
そこで、海の大神に、語りになられて、詳細にその兄がなくした釣針を返せと責める様子を説明しました。