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リートリンの覚書

東京史跡巡り・人物編 夏目漱石旧居跡


東京史跡巡り・人物編

夏目漱石旧居跡



漱石はイギリス留学から帰国した後、明治36年3月から39年12月まで、3年10ヶ月間、この地に住んでいました。

その間、漱石はこの地で初めて創作の筆をとりました。

その作品『吾輩は猫である』の舞台として、’猫の家”と呼ばれ親しまれていました。


夏目漱石旧居跡(区指定史跡)

日本医科大学同窓会館 文京区向丘2-20-7

 夏目漱石 本名・金之助。慶応3年~大正5年(1867~1916)。小説家。この地に、漱石がイギリス留学から帰国後の、明治36年3月から39年12月、現在の西片1丁目に移るまで、3年10か月住んだ家があった。(家主は東大同期の斉藤阿具氏)
 当時、東京帝大英文科、第一高等学校講師として教職にあった漱石は、この地で初めて創作の筆をとった。その作品「我輩は猫である」の舞台として”猫の家”と呼ばれ親しまれた。
 この地で、「倫敦等」「坊ちゃん」「草枕」などの名作を次々に発表し、一躍文壇に名をあらわした。漱石文学発祥の地である。
 漱石が住む13年程前の明治23年10から1年余り森鴎外が住み、文学活動に励んだ。鴎外は、ここから団子坂上の観潮楼へ移っていった。
 二大文豪の居住の地、漱石文学発祥の地として、近代文学史上の重要な史跡である。旧居は、愛知県犬山市の「明治村」に移築保存してある。

ー郷土愛をはぐくむ文化財ー
文京区教育委員会 平成7年3月





所在地

東京都文京区向丘2-20-7

アクセス


東京メトロ南北線
本駒込駅
8分

東京メトロ千代田線
千駄木駅
徒歩10分



最後に

夏目漱石旧居跡。

日本医科大学同窓会館の一角にあるので、史跡に気づかず、一瞬通り過ぎてしまいました。

猫像がなかったら、分からなかったよ。



この地から、様々な作品が作り出されたのかと、感慨深く辺りを見渡しましたが、

当時の名残など全く残っていませんので、なんとも言えない。

旧居は、愛知県犬山市の「明治村」に移築されているそうなので、そちらに是非とも行ったみたいものです。


参考
文京区観光協会



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