古事記 中つ巻 現代語訳 四十四
古事記 中つ巻
沙本毘売命の死
書き下し文
また天皇、其の后に命詔して言りたまわく、「おほよそ子の名は、かならず母の名づくるを、いかにか是の子の御名を称はむ」とのりたまふ。尓して答へて白さく、「今火の稲城を焼く時に当りて、火中に生れまれぬ。故其の御名は、本牟智和気御子と称すべし」とまをす。また命詔したまはく、「いかにして日足し奉らむ」とのりたまふ。、答へて白さく、「御母を取り、大湯坐・若湯坐を定め、日足し奉るべし」とまをす。故其の后の白しのまにまに、日足し奉りき。また其の后を問ひて曰りたまはく、「汝の堅めしみづの小佩は、誰か解かむ」とのりたまふ。答へて白さく、「旦波比古多々須美智宇斯王の女、名は兄比売・弟比売、茲の二の女王、浄き公民。故使ひたまふべし」とまをす。然して遂に其の沙本毘古王を殺したまふ。其のいろ妹も従ふ。
現代語訳
また天皇は、その后に命詔(みことのり)して、仰せになられて、「おほよそ子の名は、かならず母が名付けるのだが、いかにか、この子の御名を称(い)うのか」と仰せになられました。尓して。答えて、申し上げることには、「今、火が稲城を焼く時に当り、火中(ほなか)に生れました。故に、その御名は、本牟智和気御子(ほむちわけのみこ)と称(まを)してください」と申しました。また命詔し、仰られて、「いかにして、日足(ひた)しさせようか」と仰せになられました。答えて、申し上げることには、「御母(みおも)を取り、大湯坐(おおゆえ)・若湯坐(わかゆえ)を定め、日足してください」と申しました。故、その后の申したことのまにまに、日足しなされました。また、その后に問いて、仰せになられて、「汝が堅めた私の小佩(をひも)は、誰が解くのか」と仰せになられました。答えて、申し上げることには、「旦波比古多々須美智宇斯王(たにわのひこたたすみちのうしのみこ)の女(むすめ)、名は兄比売(えひめ)・弟比売(おとひめ)、この二の女王(ひめみこ)は、浄き公民(おほみたから)です。故に、お使いになられてください」と申しました。然して、遂にその沙本毘古王を殺しました。そのいろ妹も従いました。
・日足(ひた)し
日を重ねて養育する
・御母(みおも)
母、または乳母を敬っていう語
・大湯坐(おおゆえ)
古代、貴人の幼児の入浴や養育の任に当たった女性
・若湯坐(わかゆえ)
上代、貴人の幼児の入浴や養育の任に当たった女性の下位の者
現代語訳(ゆる~っと訳)
また、天皇は、皇后・沙本毘売命に、
「子どもの名前は、かならず母親が名付けるのだが。この子の名前を何と名付けたらよいか?」いいました。
沙本毘売命が答えて、
「今、火が稲城を焼いている時に、炎の中に生れまれました。そこで、その名前は、本牟智和気御子と名付けてください」といいました。
また天皇は、
「どのようにして、養育したらよいだろうか?」といいました。
答えて、
「乳母を決め、大湯坐・若湯坐を定めて、育ててください」といいました。
そこで、その皇后の申した通りに、育てました。
また、皇后に尋ねて、
「お前が固く結んだ衣の紐は、誰か解くのか?」といいました。
答えて、
「旦波比古多々須美智宇斯王の娘、名は兄比売と弟比売。この二人の女王は、浄き民です。ですから、使ってください」といいました。
それから、遂に沙本毘古王を殺しました。
その妹・沙本毘売命も兄と死を共にしました。
続きます。
読んでいただき
ありがとうございました。
前のページ<<<>>>次のページ