日中の暑さが嘘のように涼やかな外気が流れる夜、本部から程近い料亭の一室で杉井は新しく副知事になった藪浦と会っていた。
こじんまりとしたその店は大層な構えの料亭と違い、かえって人目につかずに済むのである。
珍しく酔いがまわってきた杉井が軽口を放ち始める。
「北野さんが宜しく頼むみたいなことばかり公にするから、俺ホント困っているんですよ」
藪浦は店に入って来た時と全く変わらぬ顔色で、にやりと笑う。
「それはたぶん杉井さんに対する本心じゃあないかなァ」
「ご冗談を! 嫌ですよ。 実際適当な事を言って欲しくないんで」
藪浦の猪口に酒を注いだ後、うって変わって苦々しい表情を作りながら杉井は “例の話”について話し始めた。
「しかし、総大将がねぇ、あの党の言い分を聴き入れるとは考えたくもない。 恐らく北野も想像していたと思います。 いい加減にはぐらかしていたのも、こうなると予想が付いていたってところでね」
重厚なテーブルを挟んだ二人の男の顔をエアコンの風が冷やす。 藪浦にとって寒いぐらいに感じる室温は彼の心情に近かった。 杉井が示すところの “総大将”が誰を指しているのかが充分伝わっていた。
「確かに貴方が言うように全てが逆効果になり兼ねない……ま、結論は未だ出ていないと私は考えたいが、な」
そう呟いてから、いかにも寒そうに身を震わせてみせる。
正反対に暑がりな杉井は手酌で酒を呷りつつ、自分の首元を扇子で時おり煽いでいる。
双方が “例の話”に関して今夜の言葉や渋面とは裏腹に、自分達にとって好機が訪れる場合もあると判っていた。
床の間には狸の香炉が飾ってある。
∽∽この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません∽∽
こじんまりとしたその店は大層な構えの料亭と違い、かえって人目につかずに済むのである。
珍しく酔いがまわってきた杉井が軽口を放ち始める。
「北野さんが宜しく頼むみたいなことばかり公にするから、俺ホント困っているんですよ」
藪浦は店に入って来た時と全く変わらぬ顔色で、にやりと笑う。
「それはたぶん杉井さんに対する本心じゃあないかなァ」
「ご冗談を! 嫌ですよ。 実際適当な事を言って欲しくないんで」
藪浦の猪口に酒を注いだ後、うって変わって苦々しい表情を作りながら杉井は “例の話”について話し始めた。
「しかし、総大将がねぇ、あの党の言い分を聴き入れるとは考えたくもない。 恐らく北野も想像していたと思います。 いい加減にはぐらかしていたのも、こうなると予想が付いていたってところでね」
重厚なテーブルを挟んだ二人の男の顔をエアコンの風が冷やす。 藪浦にとって寒いぐらいに感じる室温は彼の心情に近かった。 杉井が示すところの “総大将”が誰を指しているのかが充分伝わっていた。
「確かに貴方が言うように全てが逆効果になり兼ねない……ま、結論は未だ出ていないと私は考えたいが、な」
そう呟いてから、いかにも寒そうに身を震わせてみせる。
正反対に暑がりな杉井は手酌で酒を呷りつつ、自分の首元を扇子で時おり煽いでいる。
双方が “例の話”に関して今夜の言葉や渋面とは裏腹に、自分達にとって好機が訪れる場合もあると判っていた。
床の間には狸の香炉が飾ってある。
∽∽この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません∽∽