夢の人

心はいつまでも子供のまま。生活感無き こだわり人は、今日も夢を追いかけて多忙です。

フィオナ・マクファーレン『夜が来ると』 感想

2015-08-30 01:14:30 | Weblog
 1ヶ月前に『夜が来ると』という本を読み、予告していた感想文を夏休みの宿題みたいにアップすることにする。 読み終えた直後と日数の経った現在とでは、また少し感想も変化しているかもしれず、それもまた一興か。

 本書の帯に書かれたキャッチコピーは
「虎だ。 虎の声が聞こえる。 オーストラリアの海辺でひとり暮らす75歳のルース。 ある日そこに、虎とヘルパーが現れた」
 というものである。
 さらに表紙裏には
「海辺にひとり暮らす75歳のルースは、ある朝目覚めて、家にトラがいると思った。 荒々しく大きなトラが、確かにそこにいたのだ……。 同じ日にフリーダという女性が訪ねてくる。 ルースのためのヘルパーだった。 ルースはフリーダに頼るようになるが、フリーダもトラも、はじめ思ったのとはちがっていて――」
 と、概略に近い文が印刷されている。
 夫に先立たれ、息子達もとうに手を離れていて、単調な独り暮らしを送る誇り高き老婦人が、家の中にトラが侵入して歩き回る気配に心囚われるところから物語は始まる。
 もちろん、いきなりトラが現れるなんて考えられぬこと。 トラは老婦人の “脳内の変化”及び “漠然と身に迫る危険”を表す。
 勘の良い読者なら、なんとなく展開が読めるやもしれぬ。 しかし、ここに書き手の巧さがある。 文章は三人称で書かれているのだが、次第に思考力が曖昧になる老婦人の視点の渦に、読む側はぐるぐると巻き込まれてゆくのだ。
 湿度の高低が伝わる空気感と光景、輝いていた過去の主人公の記憶、束の間の情熱的なひととき、緩やかに侵食され始める日常……読者が模糊とした渦に飲み込まれた先には、想像していたとおりの結末が待っているかもしれない。 にもかかわらず、作者は若いながらも卓越した筆力で、サスペンスを孕んだファンタジーとも言える異世界に没入させて離さない。
 この作品をより深く味わうには、外国文学と文化の知識を或る程度持っているほうが望ましい。
 また、翻訳物であるがために少なからず “読み辛さ”に苛まれる。 僭越ながら、本当に僭越ながら、日本語として読み辛い部分が多い。 それは訳者の方が原文の味を可能な限り損なわぬよう努力した結果と思う。
 結論として、決して読み易くはない本書だが、巧妙な構成と叙情性の高さによって、サスペンスとかスリラー作品の多くが不可能な読み返しに充分耐え得る文学性を有している。

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残暑お見舞い申し上げます 2015

2015-08-18 17:53:10 | Weblog
 残暑お見舞い申し上げます。 暑い暑いという時季を過ぎ、いつしか蝉の声も疎らになって、不安定な空模様に振り回される毎日。

 恒例のお化け屋敷巡りが未だ達成できておらず、日程調整に頭を悩ませている。 天気及びヤル気が不安定になっているせいだ。
 どなたかが、片付けに関して
「80%がモチベーション、20%がスキル」
 とおっしゃっていたが、片付け術も他の行動もだいたいそんなものであろう。
「80%のヤル気と20%の技術」
 によって、計画を実行に移せたり移せなかったりすると思う。
 忙しさ自慢をするつもりはなく、気持ちが欠乏しているがゆえに日常行動がトロくなってしまっている。
 今もウ●ダーインゼリー片手にエネルギーを10秒チャージしながら、PC前に座っている有り様だ。

∽∽∽画像は一昨年の海遊館から。 只管マイペースっていいね∽∽∽

コメント (2)
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灼熱の日々

2015-08-12 03:33:00 | Weblog
 日中の暑さが嘘のように涼やかな外気が流れる夜、本部から程近い料亭の一室で杉井は新しく副知事になった藪浦と会っていた。
 こじんまりとしたその店は大層な構えの料亭と違い、かえって人目につかずに済むのである。

 珍しく酔いがまわってきた杉井が軽口を放ち始める。
「北野さんが宜しく頼むみたいなことばかり公にするから、俺ホント困っているんですよ」
 藪浦は店に入って来た時と全く変わらぬ顔色で、にやりと笑う。
「それはたぶん杉井さんに対する本心じゃあないかなァ」
「ご冗談を! 嫌ですよ。 実際適当な事を言って欲しくないんで」

 藪浦の猪口に酒を注いだ後、うって変わって苦々しい表情を作りながら杉井は “例の話”について話し始めた。
「しかし、総大将がねぇ、あの党の言い分を聴き入れるとは考えたくもない。 恐らく北野も想像していたと思います。 いい加減にはぐらかしていたのも、こうなると予想が付いていたってところでね」

 重厚なテーブルを挟んだ二人の男の顔をエアコンの風が冷やす。 藪浦にとって寒いぐらいに感じる室温は彼の心情に近かった。 杉井が示すところの “総大将”が誰を指しているのかが充分伝わっていた。
「確かに貴方が言うように全てが逆効果になり兼ねない……ま、結論は未だ出ていないと私は考えたいが、な」
 そう呟いてから、いかにも寒そうに身を震わせてみせる。
 正反対に暑がりな杉井は手酌で酒を呷りつつ、自分の首元を扇子で時おり煽いでいる。

 双方が “例の話”に関して今夜の言葉や渋面とは裏腹に、自分達にとって好機が訪れる場合もあると判っていた。

 床の間には狸の香炉が飾ってある。


  ∽∽この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません∽∽

コメント (4)
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