フォルター男爵の領地。
そこで暮らす人々に報が入ったのは、3日後のことであった。
隣接する巨大12国家の1つ、ガーディア王国に吸収合併。
領地民の、農業および林業を営む者への完全救済措置が決定。
但し、救済期間は土壌活性化完了予定の3年後までとする。
領地は、ガーディア王国領第6分地とし、
責任者をフォルター男爵に任命する。
この分地にての農業、林業、貿易を主な管理業務とする。
分地と空港は、新設された王宮騎士団第5軍を警備隊とする。
責任者は、アガン・ローダーとする。
そのアガンは、室長と共に取調室の隣の部屋に来ていた。
ガラスの様な壁の向こうの取調室の様子が、とてもよく見える。
そして声も聞こえる。
だが、それでも、こちらの声が取調室に聞こえることはない。
また、姿も見えることがない。
そんな、特殊な魔法壁の向こう・・・
取調室には、セイクレッド・ウォーリアに質問されている
イヴの姿があった。
イヴは、自首してきたらしい。
「フォルター男爵は、ポストにアサッシンギルドとの連絡方法や、
白紙の“雄羊の契約書”が投函されていたという。
それは、おまえではないんだな。」
「ええ。
私は種を奪取しただけにすぎないわ。
だから、ひょっとしたら最初から
何者かに監視されていたのかもしれない。」
アガンと室長は、黙したまま聞いている。
「何故、そう言い切れる?」
「私は、早朝時間に王城前広場で盗賊共に狙われたわ。
人混みにまぎれて仕事をする盗賊が、
人通りの少ない早朝に表に出ることは異例なの。
護衛団に狙われやすくなるだけだからね。」
「木の葉を隠すなら森の中ってやつか。
人混みの中で盗賊稼業というのは、
意外ではなく常識ということか。」
「そういうこと。
でも、この国から南に10キロも離れた領地の人間の監視
というのにも疑問があるわ。
だから私は、領地と王国の間にある空港があやしいと思うの。」
「そこに、敵の本拠地が?」
「わからない。
でも王国の外にそんな組織があるということは、
私のいた盗賊ギルドにも無い情報だわ。
だから確信が持てないのも事実よ。」
だが、そんな情報でも、セイクレッドは手応えを得たような笑みを見せた。
言うなれば不敵の笑みだ。
イヴが、彼の表情にゾクリとする。
彼は、王国では手出し厳禁とまで恐れられる5人のうちの1人。
“真紅の魔剣士”であった。
「いや、それだけ聞けば充分だ。」
そう言うと、セイクレッドはアガンと室長のいる部屋の壁を叩いた。
まさか、気配で気付いたのだろうか。
2人が隣の部屋へと移動する。
「アガン!」
イヴが声を上げたが、アガンは黙したままだ。
表情も変わらない。
ビルの行動を止めた話の全容は、イヴも熟知しているからか、
お互い何も言えなかった。
それでも間をおいてイヴが、
「ありがとうね。」
と、一言だけ口にした。
アガンは軽く目をつむり、無言で頭を下げる。
言葉が見つからないのか。
それとも、これが彼の礼儀なのか。
セイクレッドは、アガンに向けて語り出す。
「聞いてのとおりだ。
新しい将軍殿には酷な話だが、
どうやら空港が“奴ら”の接点になっているのは確かなようだ。
俺が集めた他の情報と合わせると、空港のどこかに“奴ら”の支部がある。」
「奴らとは?」
アガンは、フォルター男爵の領地と空港の警備が仕事となる。
空港に何かあるとあっては、もはや他人事ではないのだ。
「ブラック・シープという、世界最大の闇組織だよ。」
ブラック・シープとは、本拠地不明、構成人数不明。
それでいながら盗賊ギルドと暗殺ギルドを顎で使う、
最大の暗黒組織と言われている。
そんな奴らの支部が、空港にあるという・・・。
空港の警備とは表向きの台詞だ。
実際には、空港の監視ではないか。
女王はまさか、これを視野に入れて警備と語っていたというのか。
1番に恐るべきは、女王の計画的な組織編成の凄さと言えた。
カチン、カチンと、アガンの腰元で音がした。
暗黒の魔剣が鞘から出たがっている。
ブラック・シープを語る者共の血が吸いたくて、
うずうずしているのだろう。
アガンもまた、新しい巨大な敵の存在に内心歓喜していた。
「お任せ下さい。
第5軍が、必ずや奴らの首を王に献上してみせましょう。」
室長が、一任したと言わんばかりにアガンの肩を軽く叩いていた。
そして、セイクレッドがアガンに語る。
「来たついでで悪いが、イヴを“ニードル”の本部まで連れていってくれ。
彼女は今後、そこで働くことになる。」
王宮魔法陣“闇夜の陣”に入る最後の1人はイヴであった。
この台詞には、イヴ自身が驚いた。
「私が・・・ニードルに?」
「禁固数年後に外へ解放しても、
他の闇組織から命を狙われている身ならば、
逆に奴らの命を狙う部署に配属すれば問題ないだろう。」
「確かにそうですが・・・いいのですか?
私が入隊しても?」
ニードルの入隊試験は、かなり厳しいと言われている。
100人受けても1人も合格しないことなど当たり前。
そのうえ入隊試験自体が年に1回しかない。
これに推薦入隊出来る者となると、
余程のポテンシャルを秘めた者でなければ不可能だ。
それでも、イヴは推薦合格なのだろう。
「魔鍵のイヴの話は、私も耳にしている。
それだけの実力者なら、すぐに実践投入出来るはずだ。
故に禁固は無い。
3年間の、ニードルでの強制労働が実刑となる。
それ以後は、普通にニードルの職員となるだけだ。
除隊する事は可能だが、入隊したままでいる事の方を勧めるがな。」
これだけの台詞を聞くや、イヴは深々とセイクレッドに頭を下げた。
「ありがとうございます。」
「ニードルの本部へはどう行けば?」
「一旦、城を出て右に曲がれ。
王城区域西部にある、一番デカイ建物がそれだ。」
「わかりました。」
イヴは、アガン、室長と共に、ニードルへと向かっていった。
イヴをニードルに預けるや、アガンは室長と共に城へと戻っていった。
その少し後、
「あ、やっぱりイヴもこちらに来ましたか。」
ルクターが、ひょっこりと現れた。
「ルクター!
そうか、あなた、ニードルに所属していた暗殺者だったのね。」
「まあ、そうなります。」
何を言われても、ルクターはお馴染みのノンビリ口調だ。
しかし、ここが本当に暗殺ギルドなんだろうか?
玄関を入ったロビーは広い。
受付カウンターには受付嬢からおり、
他のフロアには喫茶店やビリヤード場、ダーツ場まである。
ゆったりと座れる3人掛けのソファーは、
軽く目を通しても20はあるだろう。
まるで、高級ホテルみたいだ。
ルクターは、受付カウンターに顔を出した。
「副官、お久しぶりでございます。」
同伴していたイヴが、ギョッとした。
まさか、ルクターは、ここで2番目に偉い人なの!?
「新規登録者のイヴ宛てに仕事はありますか?」
さっそく仕事ときた。
職員の紹介などは後回しのようであった。
「暗殺の仕事は今のところありませんが、宅配業務が1件あります。」
そう言うや、受付嬢はトランクをイヴに差し出した。
見覚えのあるトランクだ。
「あ!
私の盗賊ギルドで使っていたトランク!」
「盗賊ギルド“セイル”が壊滅した後、
王宮護衛団が徹底捜索した中に見つけた物です。
これには、あなたの全財産が入っています。」
全財産と言っても、もはや金品以外は価値のないものばかりだ。
「中には現金しか入っておりません。
物は全て金に換算しています。」
イヴは、これだけ言われるや、すぐにピンときた。
「そうね。
まだ彼女に会ってもいなかったし、仕事料も払っていなかったものね。」
「今すぐに行きますか?」
ルクターに声を掛けられ、イヴが素直に首を縦にふった。
「行って来るわ。
お礼も言いたいし。」
ゼロからの出発に、イヴはむしろ喜んでいるようであった。
「では、これに着替えて下さい。」
受付嬢が、着替え一式の入ったような背負い袋を手渡した。
袋の皮生地は厚く、冒険者が欲しがるような丈夫な物だ。
「これは?」
「王国承認暗殺ギルド“ニードル”の、実行部隊の女性用制服です。
全身をまとうタイプですが、季節に分けて4タイプの服が用意されており、
とても動きやすく機敏と評判です。
今は初秋の季節なので、秋向けの服を2着用意しました」
「ありがとう。
更衣室はあるのかしら?」
「喫茶店フロア奥に、洗面所、バスルーム、更衣室等がございます。」
冗談抜きで、ホテルのようであった。
どこか矛盾な感覚を抱いたまま、更衣室へと向かう。
そこで背負い袋を開けるや、目を見張るものがあった。
暗殺ターゲットのリストがある。
どこに住んでいるか、その者の名は、
その者を殺した時に得られる報奨金は、などが綿密に記載されていた。
組織で名を挙げたければ、この者たちを殺せということなのね。
高級ホテルの一員になれたような表の景色とは裏腹に、
現実は実力重視の厳しい仕事が、すでに待っていたのだった。
ケイトと言えば、ふてくされていた。
仕事の内容が錬金術絡みだっただけに、
母に仕事を奪われたような感じがして、どこか腑に落ちなかったからだ。
更には強敵スーレンを、妹キャサリンに奪い取られ面目丸つぶれの気分に。
挙げ句の果てには、テリスから花捜索の仕事料を得たものの、
肝心のイヴとは一度も会っておらず、
人形娘も彼女の後の行動を理解していなかったからだ。
タダ働きになるのかしら?
後から聞いた話だが、
どこかの馬鹿が母に呪いのある契約書を書かせたらしい。
怪鳥ロックの羽根ペンに気を取られ、
“忘却のインク”の存在に気付かなかった間抜けな馬鹿は誰だったのかしら?
あれで書かれた契約書は、全て白紙と化してしまうのに。
その母は、国から仕事を得たらしく、
ここ数日は地下の錬成場をフル稼働している。
何をやっているのやら。
妹キャサリンも、新開発の製品の依頼を国から受けたようだ。
あたしに、しょっちゅう“火”の事について聞いてくるから、
その類のものを作っているんだろう。
2人とも、見通し明るくていいな~。
羨ましさ全開のケイトであった。
喫茶店アリサにでも行って、ケーキ食べまくろうかな~。
食にストレスのはけ口を求めるケイトであった。
が、今回もそう簡単には外出を許さない。
魔術探偵事務所の扉が、軽くノックされた。
「誰かしら?」
覗き窓を覗く。
そこには1人の女性が立っていた。
随分と大きめなトランクを手にしている。
が、そんな事は問題ではない。
ケイトは、その女性の衣装に驚いた。
上下ともに漆黒の衣装は、気温体感保護を施した特殊な服だ。
その胸元に、鋭い銀の針を光らせたイラストがある。
おそらくは、背中にも同じイラストがあるだろう。
それは、王国承認暗殺ギルド“ニードル”のものであった。
そこで暮らす人々に報が入ったのは、3日後のことであった。
隣接する巨大12国家の1つ、ガーディア王国に吸収合併。
領地民の、農業および林業を営む者への完全救済措置が決定。
但し、救済期間は土壌活性化完了予定の3年後までとする。
領地は、ガーディア王国領第6分地とし、
責任者をフォルター男爵に任命する。
この分地にての農業、林業、貿易を主な管理業務とする。
分地と空港は、新設された王宮騎士団第5軍を警備隊とする。
責任者は、アガン・ローダーとする。
そのアガンは、室長と共に取調室の隣の部屋に来ていた。
ガラスの様な壁の向こうの取調室の様子が、とてもよく見える。
そして声も聞こえる。
だが、それでも、こちらの声が取調室に聞こえることはない。
また、姿も見えることがない。
そんな、特殊な魔法壁の向こう・・・
取調室には、セイクレッド・ウォーリアに質問されている
イヴの姿があった。
イヴは、自首してきたらしい。
「フォルター男爵は、ポストにアサッシンギルドとの連絡方法や、
白紙の“雄羊の契約書”が投函されていたという。
それは、おまえではないんだな。」
「ええ。
私は種を奪取しただけにすぎないわ。
だから、ひょっとしたら最初から
何者かに監視されていたのかもしれない。」
アガンと室長は、黙したまま聞いている。
「何故、そう言い切れる?」
「私は、早朝時間に王城前広場で盗賊共に狙われたわ。
人混みにまぎれて仕事をする盗賊が、
人通りの少ない早朝に表に出ることは異例なの。
護衛団に狙われやすくなるだけだからね。」
「木の葉を隠すなら森の中ってやつか。
人混みの中で盗賊稼業というのは、
意外ではなく常識ということか。」
「そういうこと。
でも、この国から南に10キロも離れた領地の人間の監視
というのにも疑問があるわ。
だから私は、領地と王国の間にある空港があやしいと思うの。」
「そこに、敵の本拠地が?」
「わからない。
でも王国の外にそんな組織があるということは、
私のいた盗賊ギルドにも無い情報だわ。
だから確信が持てないのも事実よ。」
だが、そんな情報でも、セイクレッドは手応えを得たような笑みを見せた。
言うなれば不敵の笑みだ。
イヴが、彼の表情にゾクリとする。
彼は、王国では手出し厳禁とまで恐れられる5人のうちの1人。
“真紅の魔剣士”であった。
「いや、それだけ聞けば充分だ。」
そう言うと、セイクレッドはアガンと室長のいる部屋の壁を叩いた。
まさか、気配で気付いたのだろうか。
2人が隣の部屋へと移動する。
「アガン!」
イヴが声を上げたが、アガンは黙したままだ。
表情も変わらない。
ビルの行動を止めた話の全容は、イヴも熟知しているからか、
お互い何も言えなかった。
それでも間をおいてイヴが、
「ありがとうね。」
と、一言だけ口にした。
アガンは軽く目をつむり、無言で頭を下げる。
言葉が見つからないのか。
それとも、これが彼の礼儀なのか。
セイクレッドは、アガンに向けて語り出す。
「聞いてのとおりだ。
新しい将軍殿には酷な話だが、
どうやら空港が“奴ら”の接点になっているのは確かなようだ。
俺が集めた他の情報と合わせると、空港のどこかに“奴ら”の支部がある。」
「奴らとは?」
アガンは、フォルター男爵の領地と空港の警備が仕事となる。
空港に何かあるとあっては、もはや他人事ではないのだ。
「ブラック・シープという、世界最大の闇組織だよ。」
ブラック・シープとは、本拠地不明、構成人数不明。
それでいながら盗賊ギルドと暗殺ギルドを顎で使う、
最大の暗黒組織と言われている。
そんな奴らの支部が、空港にあるという・・・。
空港の警備とは表向きの台詞だ。
実際には、空港の監視ではないか。
女王はまさか、これを視野に入れて警備と語っていたというのか。
1番に恐るべきは、女王の計画的な組織編成の凄さと言えた。
カチン、カチンと、アガンの腰元で音がした。
暗黒の魔剣が鞘から出たがっている。
ブラック・シープを語る者共の血が吸いたくて、
うずうずしているのだろう。
アガンもまた、新しい巨大な敵の存在に内心歓喜していた。
「お任せ下さい。
第5軍が、必ずや奴らの首を王に献上してみせましょう。」
室長が、一任したと言わんばかりにアガンの肩を軽く叩いていた。
そして、セイクレッドがアガンに語る。
「来たついでで悪いが、イヴを“ニードル”の本部まで連れていってくれ。
彼女は今後、そこで働くことになる。」
王宮魔法陣“闇夜の陣”に入る最後の1人はイヴであった。
この台詞には、イヴ自身が驚いた。
「私が・・・ニードルに?」
「禁固数年後に外へ解放しても、
他の闇組織から命を狙われている身ならば、
逆に奴らの命を狙う部署に配属すれば問題ないだろう。」
「確かにそうですが・・・いいのですか?
私が入隊しても?」
ニードルの入隊試験は、かなり厳しいと言われている。
100人受けても1人も合格しないことなど当たり前。
そのうえ入隊試験自体が年に1回しかない。
これに推薦入隊出来る者となると、
余程のポテンシャルを秘めた者でなければ不可能だ。
それでも、イヴは推薦合格なのだろう。
「魔鍵のイヴの話は、私も耳にしている。
それだけの実力者なら、すぐに実践投入出来るはずだ。
故に禁固は無い。
3年間の、ニードルでの強制労働が実刑となる。
それ以後は、普通にニードルの職員となるだけだ。
除隊する事は可能だが、入隊したままでいる事の方を勧めるがな。」
これだけの台詞を聞くや、イヴは深々とセイクレッドに頭を下げた。
「ありがとうございます。」
「ニードルの本部へはどう行けば?」
「一旦、城を出て右に曲がれ。
王城区域西部にある、一番デカイ建物がそれだ。」
「わかりました。」
イヴは、アガン、室長と共に、ニードルへと向かっていった。
イヴをニードルに預けるや、アガンは室長と共に城へと戻っていった。
その少し後、
「あ、やっぱりイヴもこちらに来ましたか。」
ルクターが、ひょっこりと現れた。
「ルクター!
そうか、あなた、ニードルに所属していた暗殺者だったのね。」
「まあ、そうなります。」
何を言われても、ルクターはお馴染みのノンビリ口調だ。
しかし、ここが本当に暗殺ギルドなんだろうか?
玄関を入ったロビーは広い。
受付カウンターには受付嬢からおり、
他のフロアには喫茶店やビリヤード場、ダーツ場まである。
ゆったりと座れる3人掛けのソファーは、
軽く目を通しても20はあるだろう。
まるで、高級ホテルみたいだ。
ルクターは、受付カウンターに顔を出した。
「副官、お久しぶりでございます。」
同伴していたイヴが、ギョッとした。
まさか、ルクターは、ここで2番目に偉い人なの!?
「新規登録者のイヴ宛てに仕事はありますか?」
さっそく仕事ときた。
職員の紹介などは後回しのようであった。
「暗殺の仕事は今のところありませんが、宅配業務が1件あります。」
そう言うや、受付嬢はトランクをイヴに差し出した。
見覚えのあるトランクだ。
「あ!
私の盗賊ギルドで使っていたトランク!」
「盗賊ギルド“セイル”が壊滅した後、
王宮護衛団が徹底捜索した中に見つけた物です。
これには、あなたの全財産が入っています。」
全財産と言っても、もはや金品以外は価値のないものばかりだ。
「中には現金しか入っておりません。
物は全て金に換算しています。」
イヴは、これだけ言われるや、すぐにピンときた。
「そうね。
まだ彼女に会ってもいなかったし、仕事料も払っていなかったものね。」
「今すぐに行きますか?」
ルクターに声を掛けられ、イヴが素直に首を縦にふった。
「行って来るわ。
お礼も言いたいし。」
ゼロからの出発に、イヴはむしろ喜んでいるようであった。
「では、これに着替えて下さい。」
受付嬢が、着替え一式の入ったような背負い袋を手渡した。
袋の皮生地は厚く、冒険者が欲しがるような丈夫な物だ。
「これは?」
「王国承認暗殺ギルド“ニードル”の、実行部隊の女性用制服です。
全身をまとうタイプですが、季節に分けて4タイプの服が用意されており、
とても動きやすく機敏と評判です。
今は初秋の季節なので、秋向けの服を2着用意しました」
「ありがとう。
更衣室はあるのかしら?」
「喫茶店フロア奥に、洗面所、バスルーム、更衣室等がございます。」
冗談抜きで、ホテルのようであった。
どこか矛盾な感覚を抱いたまま、更衣室へと向かう。
そこで背負い袋を開けるや、目を見張るものがあった。
暗殺ターゲットのリストがある。
どこに住んでいるか、その者の名は、
その者を殺した時に得られる報奨金は、などが綿密に記載されていた。
組織で名を挙げたければ、この者たちを殺せということなのね。
高級ホテルの一員になれたような表の景色とは裏腹に、
現実は実力重視の厳しい仕事が、すでに待っていたのだった。
ケイトと言えば、ふてくされていた。
仕事の内容が錬金術絡みだっただけに、
母に仕事を奪われたような感じがして、どこか腑に落ちなかったからだ。
更には強敵スーレンを、妹キャサリンに奪い取られ面目丸つぶれの気分に。
挙げ句の果てには、テリスから花捜索の仕事料を得たものの、
肝心のイヴとは一度も会っておらず、
人形娘も彼女の後の行動を理解していなかったからだ。
タダ働きになるのかしら?
後から聞いた話だが、
どこかの馬鹿が母に呪いのある契約書を書かせたらしい。
怪鳥ロックの羽根ペンに気を取られ、
“忘却のインク”の存在に気付かなかった間抜けな馬鹿は誰だったのかしら?
あれで書かれた契約書は、全て白紙と化してしまうのに。
その母は、国から仕事を得たらしく、
ここ数日は地下の錬成場をフル稼働している。
何をやっているのやら。
妹キャサリンも、新開発の製品の依頼を国から受けたようだ。
あたしに、しょっちゅう“火”の事について聞いてくるから、
その類のものを作っているんだろう。
2人とも、見通し明るくていいな~。
羨ましさ全開のケイトであった。
喫茶店アリサにでも行って、ケーキ食べまくろうかな~。
食にストレスのはけ口を求めるケイトであった。
が、今回もそう簡単には外出を許さない。
魔術探偵事務所の扉が、軽くノックされた。
「誰かしら?」
覗き窓を覗く。
そこには1人の女性が立っていた。
随分と大きめなトランクを手にしている。
が、そんな事は問題ではない。
ケイトは、その女性の衣装に驚いた。
上下ともに漆黒の衣装は、気温体感保護を施した特殊な服だ。
その胸元に、鋭い銀の針を光らせたイラストがある。
おそらくは、背中にも同じイラストがあるだろう。
それは、王国承認暗殺ギルド“ニードル”のものであった。