20年続いた売店が閉店に…おばさんはどこへ?
●あれ、売店の様子がおかしいな
「あ一あ、やっぱりおしまいやったんや」閉じられた売店のドアをみて、心のなかをチョッピリさびしさがよぎった。
いつもエネルギッシュにせかせかと動いていたおばさん。
大きな声で「ありがとう」とだれにでも声をかけていたおばさん。
そのおばさんの姿も声も消えてしまっていた。ここは地下鉄梅田駅ホームの上。
私が仕事で毎日乗り換える駅だ。
前日仕事帰りにみたとき、売店の品物がやけに少なくなっていた。新聞や週刊誌が補充されていず、あと5~6部でおしまいっていう状態だった。「あれ、閉店かな? いやそんなことない。だってこの売店よく売れてるもの。棚卸なんやわ」と私は軽く考え、乗り換える阪急電車のほうにむかった。
●売店の新聞や週刊誌の見出しが物知りのソース
この売店のおばさんとはもう20年近くのおつきあい。とはいっても話をしたことは一度もない。目と目とかわすだけの間柄にすぎない。
私は毎朝このホームに着くと電車がくるまで売店の店先に並べられた新聞や週刊誌をながめていた。表紙を楽しんだり、見出しをみたりしてその日のトピックスや芸能ネタを仕入れていた。読まなくてもなんとなくわかる気分になるから不思議だった。それがけっこう「藤原さんで忙しいのによく芸能人のこと知ってるわね」という称賛? の言葉をもらえるソースになっていたのだ。
あんまり毎日私が長いあいだ見出しを眺めているのに気づいて、おばさんは良い気がしなかったんだろう。ある日新聞や週刊誌のスタンドが斜めに向きを変えて置かれていて、私のほうからは読みづらくなっていた。「あ、私がいつもただで見出しを読んでるからやろか。悪いことしたな、ごめんねおばさん」と、心のなかであやまった。それからあまり売店のほうを見ないようにしていた。
そして
新聞や週刊誌それにガムなんかほしいときは、必ずその売店で買うようにした。
「ありがとう。いつも買ってくれて」とおばさんは、一段と大きな声で言ってくれた。私は「あ一、お返しができたな」と、ちょっぴりほっとして買った週刊誌を電車のなかで読んでいた。
いつの間にか新聞や週刊誌が並べてあるスタンドは元の見やすい角度に戻されていた。
●毎朝、目と目でかわすお礼の言葉
「おばさん、いつもみせてくれてありがとう」。私は毎朝売店のほうをチラッとみて目でお礼をいった。するとおばさんも「いいよ、どうぞ読んでください」。そんな言葉を目で返してくれていた。
それがもう終わりになってしまった。朝階段を下りても閉ざされた売店しか待っていない。元気なおばさんの声はもう聞こえない。
おばさん、どこへ行ったのかな。また別の売店でお仕事見つかってるといいけど。長い間、新聞や週刊誌を見せてくれてありがとう。