【マンション自治会の会計さん奮闘す】
「は一い、じゃ後期の会計さんお願いしますね」というかけ声と一緒に手渡
された金庫。ブルーの20cm四方の小さな金庫だけど、お金がつまっているの
かずっしりと重い。10月から私がマンション自治会の会計をつとめるのだ。
まず初めに取り組む仕事は、11月に行われるボーリング大会の経費を銀行か
ら引き出してくること。「なんでもないや、お金引き出すことくらい。おちゃの
こさいさいやわ」と思っていた。それがいざやってみると時間がかかって。「え
一っと、通帳に登録してある正式の名義はなんだっけ」過去のノートなどを
開いてさがしたり。引き出すお金15万円のうち、万札、5千円札、千円札、各
何枚づつにすればよいか。500円玉、100円玉、10円玉など各何個づつに
小分けすればいいか。合計金額が15万円になるようにするのに、朝の9時から
奮闘して2時間かかってやっとできた。「あれまー、こんなにかかってしまって。
よし、行くぞ」と地域の信用金庫めざして出かけていった。
ウインドウには『ミズノのバッグをお誕生日にプレゼントします』と大きく
書いてある。え、銀行がこんな宣伝してるの?と思ってよくみると、「公的年金
をわが金庫でお受け取りのお客様へ」とあったので、ああそうか、年金を受け
取る人への誘いだとわかった。それにしてはどこかうす汚れた感じのバッグが
二つ、へしゃげて長い間おかれっぱなしみたいだった。
なかに入ると「振り込め詐欺撲滅運動」のたすきをかけたおじさんが案内し
てくれる。しばらく椅子にすわっていると、「そんで退職してしばらくはどうす
るん」と大きな声で誰かと話をしている。さっきのフロアー係りのおじさん
の声だ。知人がやってきたのかな。勤務中にそんな話していいんかよ
どれもこれもが田舎っぽいなー」と私はつぶやきながら待っていた。
「○○マンション自治会様」と呼ばれていってみると、窓口の女性が「あの
ー、51枚から手数料がかかるんですけど」と言う。「はあ手数料」私は
おどろいた。「そんなこと前任者から聞いてなかったぞ」。細かいお金をぜん
ぶあわせて50枚(個)までなら無料、51枚からは手数料がかかるというのだ。
知らなかった私が朝から2時間もかけて札数個数を念入りに決めてきたこと
が無に帰すのか。それ以上に私は自治会のお金が出ることについては敏感なんだ。
ほんの数10円でも出金は明記しなくてはならない。来年3月末に行われるマン
ションの総会で会計報告がある。「これはなんですか支出をおさえる工夫はさ
れなかったんですか」って、数字に鋭いおばさまから突き上げられるかもな
んだ。なかば私はパニクっていた。「あのー、どうしたらいいですかとにかく
手数料がかからないようにしてください」と叫ぶように言うと、窓口さんは
笑いながら「大変ですね、こちらでやりましょうか」って言ってくれた。「あ
りがとう。お願いしま一す、ヤレヤレ・・・」
汗いっぱいかいてお金15万円を受け取って出てくると見なれた風景が待って
いた。不動産屋さんといつも通うクリーニングやさん。その隣にある公園から
は金木犀の香りがながれてくる。「あー、会計ってこんなに大変な役割だったん
だ」。一仕事終えた私は大きく深呼吸をした。見上げた空にはすじ雲が勢いよ
くサーッサーッと流れている。もうすぐお昼だな、おなかが急にへってきたぞ。