ようやく鑑賞、映画「Match Point(マッチポイント)」
地元の映画館での上映がなくて、秋の連休に県境を越えて観に行くつもりだったんですが風邪を引いてしまって…ようやく、DVDでの鑑賞となりました。
映画に詳しい人なら(自分は含めていません…笑…ま、あんまり本数を観ていませんしね)お気づきだと思いますが、この筋書きは55年前の映画A Place In The Sun(陽のあたる場所)のテーマをWoody Allen風に料理したと言われています。
A Place In The Sunの原作となったのは、Theodore Dreiser(セオドア・ドライサー)のAn American Tragedy(アメリカの悲劇)です。日本では、ネットで見る限り、A Place In The Sunに言及しながらこの映画を語る人はいても、そのまた原作のAn America Tragedy、及びTheodore Dreiserにふれる人はあまり見られない…だいたい、この本は(日本では)廃刊になってますしね。実際に読んだ人は少ないと思うし。
Chris役のJonathan Rhys Meyersは、この映画で初めて観たんですが(トップの写真)、思わず「Clyde Griffithsがいる!」と叫びそうになりました。私にとって(An American Tragedyの主人公)Clydeは、まさにこの雰囲気でした。陰のある美青年の野心家。あまりに「人間らしくて」、誘惑にも弱い…
DreiserのAn American Tragedyはアメリカ自然主義文学の代表作とされています。自然主義とは…簡単に言えば…余分な主観を排し、現実をありのままに伝えようとする立場であり、人間は本能や肉体的条件に強く支配される傾向を持ち、進化し続ける社会や偶然がなせる業によって支配される世界の中で、主体的意思も持ち得ずに、操り人形のように動くに過ぎない…と考えるものです。(随分、大雑把です…)
多くのアメリカの文学者も、ヨーロッパで始まった自然主義の流れの影響を受けましたが、それはちょうど、アメリカ社会の急速な産業化、労働者と資本家の対立など、社会が大きく動いた時代と重なり、アメリカの自然主義は社会の動きと切り離しては考えにくいものとなりました。この小説も「アメリカンドリーム」を主たるテーマとして考えられても、「自然主義」の作品として捉えられることは少ないように思います。
このMatch Pointにおいて、Woody Allenは、舞台を現代のイギリスにして、主要キャラクターにはアメリカ出身の女性はいるものの、なるだけ「アメリカ色」を取り除いて、このテーマの中で、あらためて、自然主義的な「人生の解明」を試みようとしたものではないかと思いました。
まず、それぞれ登場人物の肉体的条件が大きな「意味」を持っているのが印象的でもあり、キャスティングが「見事」だと思いました。陰のある美青年の主人公Chrisを始め、性的な魅力に溢れるNola(Scarlett Johansson)、ブルネットの髪が愛らしく、いかにも上流のお嬢様のChloe(Emily Mortimer)、上流の好青年ではあるが、平凡で性的魅力にも乏しいTom(Matthew Goode)。
上流の仲間入りをするものの、育った境遇で身についたセンスの違いに違和感を持つような描写は最小限に抑えられているように感じました。しかし、ChrisがあれほどNolaにのめりこんだのは、彼女の性的魅力に惹かれただけでなく、アメリカの貧しい家庭の出身である彼女の中に見える、自分と共通する人間性に惹かれたとも取れないでしょうか?また、子どもが欲しくて不妊治療に通いながらの妻との関係とも対照的に描かれています。
また、Chrisが猟銃に弾丸を込めようとしていたとき、妻のChloeに呼ばれます。返事がないのでChrisを探すChloe。猟銃のある部屋に向かおうとしたところで、母に呼ばれて、母の部屋に向かいます。一瞬の時間のずれで、猟銃を準備している姿を妻に見られていたら…。
自然主義の考え方は、人間は、遺伝と環境によって決定されているものであり、その運命も、動物的な勘といくつかの偶然によって決定されるに過ぎない。個人の選択の入り込む余地など、最初から存在しない…というものです。
でも、その中で、だとしても、人間はどう生きるのか…というのが、やはり大きなテーマなのではないか…。
この、Match Pointもいくつかの伏線を置き去りにしています。完全犯罪に終わったかに見えるChrisの行動。しかし、彼女のアパートを去るとき、通行人とぶつかりました。以前に、アパート近くにいたのを妻の従兄弟に目撃されています。Nolaから電話があったとき、家族に「秘書からの電話だ」と偽りはしたものの、家族経営の会社で働いている秘書から、その裏づけを取るのは容易なはず。実際、Nolaとの関係は警察に知られてしまっている。
指輪という決定的証拠があるとはいえ、周囲の人々がChrisに何の疑念も持っていないのが不思議でもあり、このあたりが監督の痛烈な皮肉か…とも思えてしまう。(だいたい、銃声なんて、近隣に響き渡るんじゃないの?)
幸運に助けられて、望んだものすべてを手に入れることができたようなChrisに見えますが、その「幸運」は永続的なものではないことが、しっかり暗示されているように思えます…。
人間の運命なんて、生来の資質といくつかの偶然が及ぼす運によって決定されているに過ぎなくても、人は、迷い、苦しみ、もがき…たとえ、それが不毛の営みではあっても、そうやって生きていくのが人間なんだ…と、Woody Allen独特の皮肉性と洒落たテイストを絡めながら、面白く描いた映画でした。
映画館で観たかったですね…。
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