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And This Is Not Elf Land

The Wind That Shakes The Barley

アイルランドの荒涼とした大地、空、寒村…
冷たくも深いアイリッシュ・グリーンの世界。

今年のカンヌ映画祭、パルムドール賞を受賞した映画「麦の穂をゆらす風」。
監督のKen Loach(ケン・ローチ)は社会の底辺に生きて、声が聞き届けられにくい人たちのドラマをラディカルに描き続けてきた監督だそうです。他の作品も観てみたいと思いました。

主役のCillian Murphy(キリアン・マーフィー)はThe Breakfast On Pluto(プルートで朝食を)以来でした。Murphyという姓が表すとおり、彼も生粋のアイルランド人なのですね。

1920年、若い医師であるDamienはロンドンで働くことになります。しかし、アイルランドは英国の支配下にあり、自分の名前を英国アクセントで名乗らなかっただけで、若者が英国の治安警察に虐殺されてしまうような、そんな事件も故郷では日常茶飯事でした。後ろ髪を引かれる思いで、駅に向かいますが、駅では汽車の運転士が暴行を受けながらも英国軍の乗車を拒む姿に遭遇します。

そのときの体験がDamienのその後の人生を変えました。彼はロンドンに行くことを中止し、兄とともにアイルランド独立のために戦う決意をします。そのときの運転士Danも、その後、彼らに加わります。

Danは重要な人物。その後も、Damienに影響を与えていきます。Danは英国の詩人William Blakeの詩を愛で、社会主義的な思想に傾倒していました。アイルランドが独立しても、貧しい人たちの生活は変わらないことを早い段階から予感し、富の公平な分配、そして、資本家の搾取のない社会を理想としていました。

Damienは冷徹な闘士となり、人の命を救う医師であったにもかかわらず、裏切った仲間の命を私刑によって奪うようにさえなります。このあたりは、Cillian Murphyの、あんまり感情を表に出さないような演技が、かえって真に迫っています。

終盤に、寒村で栄養失調で死にかけていた子を診察した彼からは、「ひとつの決心」が伺えます。つまり、医師であっても、子どもを栄養失調で死なせてしまうような体制まで変えることはできないんだ!…と実感した瞬間ではなかったでしょうか?その後の彼の生き方にひとつの説得力を持たせるような、重要な場面でした。

アイルランドが「独立」を勝ち取ったとき、それをひとつの収束と考える兄のTeddyと、更なる理想社会の実現を希求するDamienは袂を分かつことになります。そして、アイルランドは内戦状態に…内戦とは、外敵とともに戦ったもの同士が銃を向け合うことを意味します。今も繰り返される人間の歴史…


最後の悲劇的なシーン。

二人の兄弟の姿は美しかったです。

何というか、本当に美しかった…。超越した姿に圧倒されてしまって、涙も出ませんでした。(隣の方は号泣しておられましたが)とにかく、Cillian MurphyとTeddy役のPadraic Delaneyの冷静で知的な演技が素晴らしく、時代と場所を越えた、愛と苦悩と理想と闘争の狭間で生きる普遍的な人間のドラマに圧倒されてしまって、一切の「感情」の活動が停止したような感覚にとらわれました。

カンヌではスタンディング・オベーションが止まなかったそうです。

Teddyは拘束された弟のDamienに、闘士としての大義を捨て、闘争とは何の関係もない、平和な家庭生活を営み、医師として市井の人たちを救う人生を送るように説得するのですが…

このようなテーマの映画を観る度に、心のどこかで「人間にとって、イデオロギーとあまりに深くかかわって生きることって…果たしてどうなのか?」と考えてしまいます。でも、この映画は、兄の手を振り切ったDamienの思いに、ほんの少しでも寄り添いたいと思わせました。

「麦の穂を揺らす風」というのはアイルランドの伝統歌。英国の治安警察に虐殺された少年を弔うときに女性が歌います。アイルランド民謡といえば「庭の千草」「ロンドンデリーの歌」などの美しいメロディーが真っ先に思い浮かびますが、この「麦の穂~」は短調の曲なのですね。どことなく、アジアの民謡のような響きがあります。祖国のためにその命を犠牲にした青年を歌ったものです。
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