出張で四国の丸亀市からきた若い男に聞いた。「君ところの社長にはいつもお世話に
なってるから、君に何かおいしいものをご馳走しよう。何がいい?」と、聞くと、一
旦考えるふりをしながら、「ふぐ料理…。大阪ではテッチリと言うらしいのですが…以
前から一回食べてみたいと思っていたので」と、おそるおそる返事をした(笑)。「な
るほど、テッチリか。あれはけっこう値段が張るし、高級料理やな…」と、意地悪く言
うと、「あ、す、すみません。なんでもいいです。本当にすみません」と、悲壮な顔
をして彼は頭を下げた。
「冗談、冗談やがな。大阪でテッチリは大衆料理や。よし、ええ店があるから今から行
こう」と、肩を叩くと、「ほ、本当にいいんですか?」と、彼は上気した顔でタクシー
に乗り込んできた。結果は、「世の中にこんなおいしいものがあるんですね。テッサ(ふ
ぐ刺身)を10枚ぐらいすくって食べたのが最高でした」と、店を出た時はエビス顔になっ
ていた。よほどうまかったらしく、「今日は自分的に、食の目覚めになりそうです」と、
大げさに言ったが、悪い気はしなかった。
実はこのふぐ料理、大阪では本当に大衆料理ぽいのである。今は知らないが、全国のふ
ぐの消費量は大阪が60%と言う時期もあった。俺が山口県から大阪に来た当時、先輩が、
「おお、てっちりの本場やないか!」と言ったが、「てっちり?それはなんです」と聞
き返した。
「ふぐ鍋や。山口県の下関が本場らしいやないか。そう聞いてるで」と、言われたが、
「ふぐ?ああ、ふく(山口ではそう呼ぶ)、釣りに行ったら餌取り(草フグ)やし、そんなも
んが旨いんですか?」と聞き返すと、「えっ?ふぐを食べたことがないの?」と先輩。「毒
があるでしょう。そんなもん、誰が食べるんですか」と、俺は本当にそう思った。
まあ、家が貧しいと言うこともあったが、山口県でふぐを食べたことはない。否、そうでは
ない。高級料亭ではいざ知らず、どこの食卓でもふぐが並ぶことはなかった。アフリカ出身
の芸人が、「ライオンやゾウを日本の動物園で初めて見た」という感覚である。大阪でふぐ
文化がこれほど盛んだとは想像もできなかった。
しかし、会社勤めをしていると色々な宴会があり、その中でふぐ屋さんというシーンも普通に
ある。いつの間にか、ふぐ料理は大衆料理として定番化した。今日はぐっと冷え込み、会社の
帰りに思わずてっちりを思い浮かべた。そう、シーズン到来である。今は養殖でもふぐは旨い。
一年中店は営業しているが、この時期から「白子」がメニューに出る。
実は去年、すごく旨いテッチリ屋を見つけたのだ。鍋、テッサ、ふぐ皮、唐揚げ、雑炊といずれ
も文句なし。それでいて、値段は庶民感覚(酒も飲んで七千円ぐらい)である。大阪の高級ふぐ
屋を知っている金満家の友人を連れて行ったら、「ここでええやん!」と、思わず叫んだその店
は、大阪市生野区の「あじ平」である。地下鉄千日前線の北巽駅から徒歩5分、店に着くまでの
この5分がもどかしい。
大阪に来て、ふぐを食べたかったらお薦めです。