なんとなくテレビを見ていたら、プロレスラーの長州力が出演していた。「行列のできる法律相談所」
と言う番組で、彼は最愛の奥さんとデートをし、みんなから羨ましがられていた。思い出すのは高校
時代の話だ。彼は徳山市内(山口県)の私立高校に通っていたが、なんとなく不良っぽい気風の学校で、
みんな粋がって横幅30センチのラッパズボンをはいていた。そんな連中が4,5人ぞろぞろ歩いていた
らどうしても目立つ。
ある日、徳山ステーション駅の構内にある喫茶店に入ったら、彼らがたむろしていた。そして、こち
らを指さして、ひそひそ話をしている。当時、自分もある学校の一大勢力で、いつか彼らと衝突す
のではないかと、常に危機感を持っていたが、ついにその時が来たか…と身構えていた。しかし、そ
の中心人物である吉田光雄(長州力の本名)はニヤリと笑い、自ら皆の勘定を支払い、店を出て行った。
その時の情景を今でもよく覚えている。肩透かしを食ったというより、ほっとしたというのが本音だった。
当時は高校1年のころ、お互い今の身長(183センチ)はあったが、体は細身だった。しかし、彼はレス
リングに打ち込んでおり、夏休みを過ぎると体つきが一変した。たったひと夏でこれほど変わるのかと
いうほど逞しくなっており、「喧嘩になってもなんとかなるのではないか…」という安易な気持ちが吹っ
飛んだ。それから彼は大学に進学し、オリンピックまで出場
している。
長州力とともに思い出したのが当時の生活環境だ。東洋ソーダという大会社の近くに通称「小島地区」
というバラック建ての朝鮮があり(今は立ち退きでない)、祖父が事業に失敗して借金取りに終われ、
そこへ逃げ込んだ。自分はここで幼少のころから高校まで過ごしたのだが、友人は朝鮮の人が多かった。
当時はみんな貧しく、ゆすり、かっぱらいを日常的にしていた。どの親も決して小遣いはくれない。
何かが欲しければ自分で稼いで買わないと手に入らないのだ。自分もそうだった。ゆすりはしなかった
が、工場の物置に入って銅線などを盗み、そのゴムを焼いて赤(銅)をぐるぐる巻きにして鉄工所など
に売っていた。
高校は卒業したが、悪名高いその地区に住んでいたため就職できず、仕方なく土方をして生活費を稼
いでいた。そして週末になると街へ出て飲み屋街を荒らし、誰かに因縁をつけて喧嘩をし、憂さを晴
らしていた。目つきの悪い、ギラギラした連中が集団で歩く様は、質の悪い暴力団である。その後、
そのうちの何人かは本物のやくざやさんになっているのだから、素質は十分あったのだ。しかし、
自分はそこまでの根性はなかった。ただ、心配だったのは、「いつか刑務所に入る日が来るんだろう
な」と思っていたことである。
「このままではいかん」という深い思いが、突然の大阪行きを決めた。夜行列車に衝動的に飛び乗った
のだ。それで正解だった。今まで警察に厄介になったことはないし、それ以降、悪さをすることもなか
った。たまに田舎に帰って当時の友人たちと酒を飲んで当時の話をするが、「お前が急に消えたのでみ
なびっくりしていた。せめてひとこと欲しかった」と、何度も責められている。
それにしても、長州力のあの笑顔。いい家族に恵まれて幸せそうだった。