▽今日、鳥取市で震度6の地震がありました。
ご無事でしょうか。
今のところ亡くなられた方はいらっしゃらないと把握していますが。
余震が多いと聞きます。このあと大きな揺れが来ないとも限りません。
じゅうぶんお気を付けください。
▽岡山も珍しく比較的大きく揺れました。
自分は大学内で講義を受けていました。
揺れを感じたのとほぼ同時に130人近くの携帯電話が一斉に鳴って、
どこからか小さな悲鳴が聞こえて、
机の下に入る人もいて。
生まれ育った島根は震度3くらいの地震ならそこそこ起こるところだったからという慣れなのか
どうしたらいいかわからなかったのか
自分はずっと座っていました。
ただ、その後にもっと大きな揺れが来る可能性を考えれば、あの時教室のドアを開けに行くのが正解だったと思います。
講義終わったらすぐ教室から出るつもりでドア近くに座っていたのに。
幸い震源地からそこそこ距離もあって大事にはならなかったけれど、いざという時動けるようになりたいものです。
文法経は理系学部と違って金にならんからないがしろにされてて建物も古くなってるしね。
▽さて、自分がいざという時動けるか否かは全然関係ないけど、地震が起こった時に受けてた講義で知ったゲーテの言葉が実に面白かった。
Gedichte sind gemalte Fensterscheiben!
ってやつ。
Parabolischって詩の冒頭なんだけど。
どう?すごくない?
訳文がないと何がなんだかさっぱりだよね!
ちなみにドイツ語だよ。
直訳すると「詩はステンドグラスだ!」という意味。
市場から教会を見ると全てが暗く陰気に見えるけど、一度中に入ると不意に色を帯びて明るくなり、たちどころに物語や飾りが輝きだす、と。
▽うまいこと言うもんだよなぁ。
言葉っていうのは世界そのものを表すことはどうしても出来ない。
「物」があって、ある人がその「物」を見て、見た情報を脳で解釈して、その解釈した内容に最も近いニュアンスの言葉を選んで発して、誰かの脳にその言葉が入って、誰かがその言葉からイメージした「物」。
これははたして一番最初の「物」と同じものなのだろうか。
ある人は「物」を見るんでも触るんでも考えるんでもいいんだけど、
それを言葉にして相手に伝えるというのは、よく例えられるように多くのフィルターを通ることになる。
で、ゲーテの詩に戻ると、
ガラスは光をよく通す。ほとんど光そのものに思える。けれどやっぱりフィルターになってる。
ステンドグラスも光を通すけど、ステンドグラスが通した光は直接見る光やガラスで見る光とは全く別のもののように感じる。
詩も世界の一部を表しているけど、色をつけて、貼り合せて、さらには厚くしたり薄くしたりして、世界を見せて(聞かせて)くれている。
そういう話。
これも先生の日本語訳と解説を聞いたのちの自分の解釈だから何層もフィルターかかってるけど。
▽いやー、うまいこと言うなぁ。(2回目)
「くわちゃんのブログはステンドグラスだね」って言われたいけどなー。俺もなー。
言われないだろうけどなー。
自分の思想とか自分に起こった出来事を敢えて全く別のもののように見せようと思っているわけでもないし。
でも愚痴とか嫌なことはちょっとでも面白い話に変えられるようにしていて、(変えられそうにないことは記事に取り上げない)
直接的な物言いを避けてちょっとぼやかす、さながら「くもり硝子」のようなものだなと考えることはできる。(タイトル回収)
▽ただ、「くわちゃんのブログはくもりガラスだね」って言われたら、
「なに?俺と喧嘩する気?」って返すだろうね。
▽多分「曇っててわかり辛いんだよお前の文章は」って発言と受け取ってしまうから。
これも対人関係で卑屈に考えがちな自分のフィルターのせい。
▽一応ゲーテの詩の原文と先生の直訳を載せておきます。いるかわからないけど興味を持った人のため。
Gedichte sind gemalte Fensterscheiben!
Sieht man vom Markt in die Kirche hinein,
Da ist alles dunkel und düster;
Und so sieht's auch der Herr Philister;
Der mag denn wohl verdrießlich sein
Und lebenslang verdrießlich bleiben.
Kommt aber nur einmal herein,
Begrüßt die heilige Kapelle!
Da ist's auf einmal farbig helle,
Geschicht' und Zierrat glänzt in Schnelle
Bedeutend wirkt ein edler Stein;
Dies wird euch Kindern Gottes taugen,
Erbaut euch und ergetzt die Augen!
詩というものはステンドグラスだ!
市場から教会の中を見れば、
全てが暗く陰気だ。
そして実際、凡庸な俗物はそう考えて、
腹立たしい気持ちになり、
そして生涯腹を立てたままかもしれない。
だが一度、中へ入ってみたまえ!
神聖な祭壇へ挨拶をしたまえ。
そこは不意に色を帯びて明るくなる。
物語や飾りがたちどころに輝きだす。
高貴な輝きの意味深長なこと、
お前たち神の子にも益あるものだ。
敬虔な気持ちとなり、眼を喜ばせたまえ!
▽翻訳って不可能への挑戦とも言えるみたいですね。
ドイツ語を直接的に訳すと日本語の意味がわからなくなる。
日本語で意味が通るように訳すとドイツ語をないがしろにすることになる。
先生の訳はできるだけドイツ語を尊重しつつ意味も何となくわかるようにご配慮いただいたものです。
▽サムネ用ゲーテ
ご無事でしょうか。
今のところ亡くなられた方はいらっしゃらないと把握していますが。
余震が多いと聞きます。このあと大きな揺れが来ないとも限りません。
じゅうぶんお気を付けください。
▽岡山も珍しく比較的大きく揺れました。
自分は大学内で講義を受けていました。
揺れを感じたのとほぼ同時に130人近くの携帯電話が一斉に鳴って、
どこからか小さな悲鳴が聞こえて、
机の下に入る人もいて。
生まれ育った島根は震度3くらいの地震ならそこそこ起こるところだったからという慣れなのか
どうしたらいいかわからなかったのか
自分はずっと座っていました。
ただ、その後にもっと大きな揺れが来る可能性を考えれば、あの時教室のドアを開けに行くのが正解だったと思います。
講義終わったらすぐ教室から出るつもりでドア近くに座っていたのに。
幸い震源地からそこそこ距離もあって大事にはならなかったけれど、いざという時動けるようになりたいものです。
文法経は理系学部と違って金にならんからないがしろにされてて建物も古くなってるしね。
▽さて、自分がいざという時動けるか否かは全然関係ないけど、地震が起こった時に受けてた講義で知ったゲーテの言葉が実に面白かった。
Gedichte sind gemalte Fensterscheiben!
ってやつ。
Parabolischって詩の冒頭なんだけど。
どう?すごくない?
訳文がないと何がなんだかさっぱりだよね!
ちなみにドイツ語だよ。
直訳すると「詩はステンドグラスだ!」という意味。
市場から教会を見ると全てが暗く陰気に見えるけど、一度中に入ると不意に色を帯びて明るくなり、たちどころに物語や飾りが輝きだす、と。
▽うまいこと言うもんだよなぁ。
言葉っていうのは世界そのものを表すことはどうしても出来ない。
「物」があって、ある人がその「物」を見て、見た情報を脳で解釈して、その解釈した内容に最も近いニュアンスの言葉を選んで発して、誰かの脳にその言葉が入って、誰かがその言葉からイメージした「物」。
これははたして一番最初の「物」と同じものなのだろうか。
ある人は「物」を見るんでも触るんでも考えるんでもいいんだけど、
それを言葉にして相手に伝えるというのは、よく例えられるように多くのフィルターを通ることになる。
で、ゲーテの詩に戻ると、
ガラスは光をよく通す。ほとんど光そのものに思える。けれどやっぱりフィルターになってる。
ステンドグラスも光を通すけど、ステンドグラスが通した光は直接見る光やガラスで見る光とは全く別のもののように感じる。
詩も世界の一部を表しているけど、色をつけて、貼り合せて、さらには厚くしたり薄くしたりして、世界を見せて(聞かせて)くれている。
そういう話。
これも先生の日本語訳と解説を聞いたのちの自分の解釈だから何層もフィルターかかってるけど。
▽いやー、うまいこと言うなぁ。(2回目)
「くわちゃんのブログはステンドグラスだね」って言われたいけどなー。俺もなー。
言われないだろうけどなー。
自分の思想とか自分に起こった出来事を敢えて全く別のもののように見せようと思っているわけでもないし。
でも愚痴とか嫌なことはちょっとでも面白い話に変えられるようにしていて、(変えられそうにないことは記事に取り上げない)
直接的な物言いを避けてちょっとぼやかす、さながら「くもり硝子」のようなものだなと考えることはできる。(タイトル回収)
▽ただ、「くわちゃんのブログはくもりガラスだね」って言われたら、
「なに?俺と喧嘩する気?」って返すだろうね。
▽多分「曇っててわかり辛いんだよお前の文章は」って発言と受け取ってしまうから。
これも対人関係で卑屈に考えがちな自分のフィルターのせい。
▽一応ゲーテの詩の原文と先生の直訳を載せておきます。いるかわからないけど興味を持った人のため。
Gedichte sind gemalte Fensterscheiben!
Sieht man vom Markt in die Kirche hinein,
Da ist alles dunkel und düster;
Und so sieht's auch der Herr Philister;
Der mag denn wohl verdrießlich sein
Und lebenslang verdrießlich bleiben.
Kommt aber nur einmal herein,
Begrüßt die heilige Kapelle!
Da ist's auf einmal farbig helle,
Geschicht' und Zierrat glänzt in Schnelle
Bedeutend wirkt ein edler Stein;
Dies wird euch Kindern Gottes taugen,
Erbaut euch und ergetzt die Augen!
詩というものはステンドグラスだ!
市場から教会の中を見れば、
全てが暗く陰気だ。
そして実際、凡庸な俗物はそう考えて、
腹立たしい気持ちになり、
そして生涯腹を立てたままかもしれない。
だが一度、中へ入ってみたまえ!
神聖な祭壇へ挨拶をしたまえ。
そこは不意に色を帯びて明るくなる。
物語や飾りがたちどころに輝きだす。
高貴な輝きの意味深長なこと、
お前たち神の子にも益あるものだ。
敬虔な気持ちとなり、眼を喜ばせたまえ!
▽翻訳って不可能への挑戦とも言えるみたいですね。
ドイツ語を直接的に訳すと日本語の意味がわからなくなる。
日本語で意味が通るように訳すとドイツ語をないがしろにすることになる。
先生の訳はできるだけドイツ語を尊重しつつ意味も何となくわかるようにご配慮いただいたものです。
▽サムネ用ゲーテ
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