来年4月に開幕する大阪・関西万博。先月21日にはシンボルとして建設が進む木造巨大屋根「リング」が環状につながったが、参加国の中にはいまもパビリオン建設に遅れが生じている国がある。なぜ混乱が続くのか。整備に関わった建築家らが本紙の取材に応じ、主催する日本国際博覧会協会(万博協会)の責任を指摘。「人災と言えるのではないか」との声も上がる。(森本智之)
◆「10月半ばまでに完成を」と呼びかけるものの
「悪い条件がいくつも重なり、とても不合理な状況になっている」。神戸大名誉教授で建築家の遠藤秀平氏は、アルメニアのパビリオン設計に携わった自身の経験を踏まえ、万博の会場整備の状況を指摘した。
国内の災害を理由に万博へのパビリオン建設を断念し幻となったアルメニア館のイメージ図=遠藤秀平氏提供
万博協会によると、8月30日現在、参加国が独自にパビリオンを建設する「タイプA」は、当初の60カ国から2割減り、47カ国の予定。このうち7カ国はまだ着工できておらず、3カ国は施工業者すら決まっていない。開幕から逆算し、協会は10月半ばまでにはパビリオンの建物を完成させるよう呼びかけているが、先行きは不透明だ。
◆参加各国は「難工事になると説明されていなかった」
アルメニアも当初、タイプAでのパビリオン建設を目指したが、着工目前の6月、国内で発生した豪雨災害の復旧を優先するとの理由で白紙になった。最終的な断念の理由は国内事情だったが、遠藤氏は1年以上携わった中で多くの問題を実感した。
「他にも複数の国から相談を受けたが、多くは難工事になることを主催者側から説明されていなかった。そのため、スタートから出遅れてしまった」
◆アクセス悪い人工島、軟弱地盤で設計に制限
「難工事」とは何か。そもそもの問題は、大阪湾の人工島・夢洲(ゆめしま)が会場に選ばれたことにある。島へアクセスする道路は橋とトンネルの計2本だけ。「普通の現場のように職人は自分たちの車で乗り付けるわけにはいかない。島の手前の駐車場に止めて、乗り合いバスで現場に向かう。『工具を忘れた』となっても簡単に取り寄せられない。作業の効率はものすごく悪い」
「大阪・関西万博」会場の人工島・夢洲 。軟弱な地盤や可燃性ガス発生など複数の問題を抱えている
埋め立て地特有の軟弱地盤も設計の負担だ。「地盤がないと言ってよい」ほど不安定。建築材料は軽く、重心の安定したデザインにするなど制限を受ける。
そこに、人手不足が降りかかった。建設業に就業する人は減り続けている上、今年4月から建設業の残業規制を強化したことによる「2024年問題」が拍車をかけている。
◆難条件でコスト増…中堅ゼネコンに施工断られ
こうした難条件は全てコストに跳ね返った。最終的に白紙になったが、アルメニア館の施工会社も、コスト面で折り合わず、当初内定していた中堅ゼネコンに断られた。多くの国も設計者や施工者が決まらず時間をロスしたという。
遠藤氏は憤る。「アクセスなどの問題は夢洲を会場に選んだ時点で分かっていた。人手不足も急に生じた問題ではない。なぜ万博協会は状況を各国に説明し、もっと早く必要な対応をしなかったのか」
◆シンボルがじゃまになる「不合理」
海外パビリオンは、巨大木造建築「リング」の内側に建設される。8月21日、1周2キロのリングがつながったと発表されるなど、会場のシンボルとして工事の進捗(しんちょく)はPRされてきた。
ただ、遠藤氏はこのリングも「工事を難しくさせている」と述べる。リングが先行して建設されることで、内側のパビリオンの現場へのアクセスが限られるからだ。「城の本丸を造る前に先に堀を巡らせるようなもの。これほど不合理なことはない」
一連の指摘は、難工事の条件がそろっているところへ、主催者である万博協会の対応がさらに状況を悪化させた、ということだ。なぜそんな「不合理」が起きるのか。「責任を持って建設全体をコーディネートしている人がいないからだ」
◆1970年「触れ合い」とかけ離れた「監視社会」
遠藤氏は、1970年の大阪万博時は10歳だった。丹下健三氏らが手がけたシンボルの「お祭り広場」で「たくさんの国の人たちが触れ合った」ことが印象に残っているという。
では、今回の万博はどう見えるのか。「(シンボルの)リングに上ると、内側に各国のパビリオンが見下ろせる。当事者ではなく、直接触れ合うのではなく、距離を取りバラバラのまま眺めるような構成で、監視社会の象徴のように見える。私は共感できない」
◆小国の仲介「万博協会がしなければならないはず」
8月に出版された「大阪・関西万博『失敗』の本質」(ちくま新書)の執筆者の一人で、会場整備の問題を指摘した建築家の森山高至氏は「悪条件をあらかじめ織り込んでいた日本や欧米などの大国のパビリオンは順調だが、いまだにうまくいっていない国はある。工事が間に合わず、タイプAを諦める国はさらに出てくる可能性がある」と述べる。
森山氏はこの1年以上、「うまくいっていない国」の相談を受けてきた。
大阪府咲洲庁舎から望む「大阪・関西万博」会場の人工島・夢洲 。
あるアフリカの国は、この国出身の日本への留学生が森山氏と知り合いだったことから、留学生を通じて設計・施工者探しの協力を依頼してきた。別のアジアの国も、同国内の商社に日本の取引先を通じて協力者を探してもらい、森山氏が応じることになった。
「パビリオン建設は各国の責任とされ、主催者側もほぼフォローできていない。国家イベントと言いながら、つてのない小国は、遠回りしながら、人づてに頼らざるを得なかった。本来は万博協会がコーディネートしなければならないはずだ」。相談に乗った国の中には、8月に入っても施工会社が決まっていない国もあった。
◆建設のプロが敬遠、本業でない会社が受注
森山氏は、あるゼネコンの幹部から夢洲の工事条件の厳しさを伝えられた時のことをよく覚えているという。「島にヒト、モノを運ぶこと自体が大変で、時間が読めず、金もかかる。うちではパビリオンは受けられない」
建設会社が敬遠するという「本音」だった。森山氏は「結果として、今、施工を受注している中には、建設資材の会社など本業が建設業ではない会社もある。ゼネコンのOBらを雇ってなんとか受注している会社もあるようだ」と述べる。
◆「受け入れ側の配慮不足。人災」
問題の要因は何か。森山氏も遠藤氏と同様、「受け入れ側の配慮不足だ。人災と言えるのではないか」と指摘する。
シンポジウムに登壇した森山高至氏㊧と山本理顕氏=東京都渋谷区で
万博を巡っては、今年「建築界のノーベル賞」と呼ばれる、プリツカー賞を受賞した山本理顕氏も、問題提起を続けている。8月20日には森山氏らと東京都内でシンポジウムを開催。不透明な意思決定プロセスを批判し「最大の問題は誰が責任者か分からないこと」と述べた。万博協会や日本維新の会に加え、万博プロデューサーを務める建築家らの責任も指摘した。
◆リングの費用で「大学が2つできる」
山本氏は「もの言う建築家」として知られ、建築の公共性を問うてきた。この日は特に整備に350億円かかる木製リングを痛烈に批判した。自身が北海道や名古屋で大学のキャンパスを手がけた経験を踏まえ、「350億円あれば大学が二つできる。なぜこれほどかかるのか。目的が分からないものに350億円かけるのは異常だ」と主張。「いまやるべきは能登半島地震の復興」とした上で、リングに巨額の公金を投じながら納得のいく説明がない点を「無責任で犯罪に値する」とまで言った。
海外パビリオンの整備の遅れや自身の責任について、万博協会はどう考えているのか。広報担当者は「各国事情が異なるので遅れている理由は一概に言えない。タイプAの整備の主体は各国だが、放置しているわけではなく相談に応じている」などと回答した。
◆デスクメモ
世界のパビリオンというと2005年の愛・地球博を思い出す。塩分濃度が高い死海の水に浮かぶ企画のヨルダン館や、ヨーグルトと花の外観が印象的だったブルガリア館。遠い小国の文化ほど興味がわいた。工事中のリングを見たが心は弾まない。難工事の実情を知ればなおさらだ。(恭)