今日の公休は、昇任試験のため、テスト勉強。
武蔵野第一図書館に朝から詰めて、郁、柴崎、手塚の3人は過去問題と質疑応答集と首っ引きだ。
案の定というかお約束というべきか、ほどなく音を上げたのは郁。
「あー、あたしちょっと休憩! ロビーで何か飲み物補給してくる!」
と言って席を立つ。
「あいつ、何回休憩入れてんだ? 勉強時間より休憩の方が長いんじゃないか?」
そそくさと部屋を出て行く郁の背中を目の端に捉えつつ、手塚がため息をついた。
「まあそう言わないでやってよ。あの子にとっちゃあたしたちと席を同じくしておべんきょってだけで、かなりいっぱいいっぱいなんだからさ」
「そうなのか?」
「自分の有能さを知らない訳でもないでしょうに、イヤミなこと言いなさんな」
それは褒め言葉なんだよな? と思いつつ、口から出たのは別の言葉で。
「お前、笠原の面倒よく見てるよな。今日だってここに誘ったの、お前だろ?」
でもなんで俺まで引っ張り出されるのかは、よく分からないけどな。そう言う手塚に、
「あたしだけで笠原に物分からせるように教えてたらへとへとでしょ」と返す柴崎。
「馬鹿な子ほど可愛いって言うけど、あれほんとねー。それにあたし、結構情に厚い女だしね。知らなかった?」
ふざけて茶化す。いつものように。
しかし手塚は、真顔で、
「知ってる」
短く答えた。
肩透かしというか、話の接ぎ穂を失って、柴崎は「そう?」と言うしかない。正面に座る手塚の手元が目に入る。
握るシャープペンシルがひどく小さく見える。手塚の手が大きいせいだ。
決してごつい訳じゃないのにね。こうしてみると、ペンがミニサイズだわ。
独特の右肩上がりの文字をすらすらとノートに書きつけていく。
そのリズムを心地よく眺めていたら、全く場違いなことが頭に浮かんだ。
……この男は、この手でどんな風に異性に触れるのかしらね。
「どうした? ぼうっとして」
はっ。
我に返り、顔を上げる。と、手塚が手を止め、まっすぐ柴崎を見ていた。
ちょっと白昼夢見てた、なんて口が裂けても言えないし、見透かされてもいけない。
柴崎は、「ん、でっかい手だな、って見てただけ」と誤魔化す。
「そうか? 普通だろ」
「あんたが普通だったら、あたしはどうなるのよ」
苦笑し、自然と手が出る。
左手をテーブルの上に持っていくと、向かい側の手塚も同じ動作を取った。シャープペンを置いて右手をかざす。
柴崎と手塚の手が合わさる。ぴったりと。
手塚の指の第二関節までも届かない。綺麗に手入れされた、柴崎の指先。
「……ちいさいな」
囁くように手塚は呟いた。
「違う! あんたのが大きすぎるの」
「そうか。……お前、指まで細いのな」
と言って手が離れたと思いきや、不意にきゅっと強く握られた。
ほんの一瞬だったが、それは投げ込まれた手榴弾のように柴崎を襲う。
硬直して何も返せないでいるところへ、郁が戻ってきた。
しぶしぶだが、昇任試験の勉強からは逃れられないという覚悟が窺えた。
「さあて、再開しようかな」
イスを引きかけて、あれ、と動きが止まる。
「柴崎、どうしたの? 顔赤いよ? 具合でも悪いの」
その頃には手塚は何事もなかったかのようにペンを走らせていた。
柴崎はテーブルの下、手を押さえた。
じんじんと指先が熱い。燃えるようだ。
「べつに、なんでもない! ちょっとあたしもジュース買ってくるわ」
がたんと音を立ててイスを引き、柴崎は何かを振り切るようにロビーに出て行った。
普段ならありえない。図書館内で物音を立てるなんて。
「どうしたの、あれ」
怪訝そうに郁が手塚に尋ねる。でも手塚はかすかに微笑って、「さあな。どうしたんだろうな」ととぼけるだけだった。
fin.
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もっとヘタレ度を上げたい。
ヘタレ男前が、手塚の真髄なのだから
…手塚め、罪作りな男だぜ(笑)。
きっと周辺女子に、無自覚フェロモン出してること甚だしいと思ったので、書いてみました。
にわかに天然王子説浮上。