(1)へ
ジョウが大事にしている娘(こ)だってのは、見てりゃすぐにわかった。
前に一度、ジョウのチームと飲んだとき、アルフィンと直接会ったのは、そんときが最初だ。
ジョウから紹介された時、思わず口がばかりと開いたまましばらく閉じられなかった。魂消た。あんまり綺麗な子だったんで。
噂には聞いてたけど、予想以上だった。
俺のチームの連中は完全に舞い上がった。ましてや彼女の出自が尋常ではない。元王女さまだなんて、それだけでちやほやしてかしづいてしまう。
なのにアルフィンはそんなアプローチは眼中にありませんといった風に、ジョウの隣にぴったりくっついている。他の男なんか、見向きもしない。まさにぞっこんといった感じだ。
微妙に白けた空気の中、俺のチームのやつがアルフィンの中座を見計らってジョウに言った。
ったく、目も当てられないぜ。おあついとこを見せびらかすために、わざわざあの子を呼んだんじゃねえよな?
ジョウはあからさまにむっとしてそいつを睨んだ。
そんなんじゃねえよ。
うん?
俺とアルフィンは、そういうんじゃないって言ってるんだ。
言って、ぐびりと強めの酒を煽る。
ジョウがさほどアルコールに強い方ではないと知っている俺は、あらら、と目をみはった。
なんか、複雑みてえだな。と思ったのを覚えている。
でもどう見ても、ただのメンバーって風には見えないぜ。大切な娘なんだろ?
店に入ってからこっち、ジョウがアルフィンの酒のペースを気にかけているのを俺は見ていた。飲み過ぎないよう、時々水を用意してやっている。大人数で飲む際に、なかなかできることではない。
ジョウはそこでなぜか渋い顔をした。
ーー色々あるだろよ、大切の種類が。こう見えても俺だって、あれこれ考えてるんだ。
ジョウはもとから饒舌な方ではない。いや、話好きだが、プライヴェートなことはあまり話さない。きっと酒の席でのとりとめのない会話を愉しむクチなんだろう。
そんなやつが見せた素の表情に、俺は心を動かされた。
ーー男と女のことで、考えることなんかあるかよ。
気がつくと、そう口を挟んでいた。
自分の気持ちなんて、押し倒してみりゃすぐに分かることだろうが。
ジョウは片方の眉を上げて驚いたように俺を見たっけ。
でたよ、プロディの「押し倒し」発言。うちのリーダーは女と見りゃすぐ押し倒したがるんだから参っちまうぜ。
仲間がげらげらと笑う。
ひでえ言われように俺はいきりたった。が、今はそっちに目くじら立ててる場合じゃねえと思い直し、ジョウに詰め寄った。
ーーいいか、ほんとだって。女として好きか、それともメンバーとしてなのか、押し倒すのが一番だって。一発で分かるぜ。
やってみな、ジョウ。だまされたと思って。
俺は言い募った。若干、むきになって。
ジョウは当惑顔を俺に向け、視線を手元のグラスに落とした。
乱暴なこと、言うな。そんなの、できるわけないだろう。
珍しく気弱な言葉に、俺はジョウの背をどやしつけた。ばん、と。
ジョウは器官に酒が入り込んで激しくむせた。
なに情けねえ声出してんだよ? お前は泣く子も黙る天下のクラッシャージョウだろが。女ひとりに手をこまねいていてどうするよ。んん?
ーーブロディ、お前なぁ…。
ジョウが何か言いかけようとしたとき、席を立っていたアルフィンが戻ってきた。ジョウがまだ咳き込んでいるのを見て
「どうしたの?」
と心配そうに顔をき込んだ。
ジョウは顔を赤らめて「いや、なんでもない」と手で制した。
自然と俺たちは会話の内容をすり替えた。それきりその話はうやむやとなり、俺がジョウに念押しする機会はなかった。
あれが、いつのことだったか。
たった数ヶ月前だったはずだ。でも、なんだかずっと昔のことのように感じる。
俺たちは、あの酒と喧騒と気の置けない仲間がいる場所から、何か、目に見えない不可避の力によって随分遠く離れたところに無理矢理連れてこられた。そんな気がしてならない。
まるで嵐に遭って船を失った者のように、この星の、この溶岩の残滓が固まった荒れ野に流れ着いた。
嵐は故意に誰かに仕組まれたものだ。それはもはや揺ぎ無い事実。
一体誰が? クリムゾン・ナイツか。それよりももっと大きな力が背後に働いているのか。そこまでは見極められない。
今は、まだ。
俺たちは、博士の奪ってきた地上装甲車内で車座になってこれまでのいきさつを話し合っていた。
ジョウの隣にはアルフィンがぴたりと寄り添っている。再会してからこっち、片時も離れようとしない。
まあ、装甲車の中がさほど広くないせいもあるんだが。きっと今もテーブルの下、見えないところでアルフィンはジョウの手に自分の手を重ねているのだろう。
ジョウも、敢えて今はアルフィンに好きなだけ甘えさせてやっている。そんな風に俺の目には映った。かなりの照れ性で、人前で女とべたべたするのは得意じゃないはずなのに、今だけは誰にどう思われようと構わないというようにアルフィンの好きにさせているのが少し不思議だった。
ジョウに寄り添うアルフィンを見ていたら、ふと尋ねてみたくなった。
なあ、あんた。あれから、ジョウとは男と女の関係になったのか、と。
俺は慌ててその言葉を打ち消す。こんなの、もろセクハラじゃねえか。
何をこんな、クリムゾン・ナイツだの、テュポーンだの、途轍もなく深刻な話をしているってのに、そんな馬鹿なこと思いつくんだ。
俺アいったいどうしちまったってんだよ。
自分自身に唾を吐きたい気持ちで、俺は言う。いたって深刻な声を、意識して絞り出す。
「こうしている間にも、インファーノに連れ込まれたクラッシャーがつぎつぎとテュポーンの餌食にされている。いま動けば、彼らを救うことが可能だ。それに、おまえたちも、もう時間がないんだろ。ぐずぐずしていると、タイムリミットが来ちまうぞ。それでもいいのか?」
「……」
ジョウは口を結んだ。その精悍な顔立ちに不似合いな陰りが射す。
ジョウが、こちらからクリムゾン・ナイツに打って出る決断に踏み切れない理由は、行方が掴めない他のメンバーにあった。同じリーダーである、俺には分かる。
だから、敢えて触れられたくないであろう部分に、俺は切り込まざるをえない。猶予がないのだ。
「そもそも、タロスとリッキーが必ずここに来るという保証も無い。テュポーンの手にかかったという、不快な予測もありうるのだ」
そこでアルフィンがこのミーティングが始まってから、初めて俺に視線を向けた。
非難がましい色が、綺麗なコバルトブルーの瞳に浮かんでいる。無理もない。仲間の無事を否定するようなことを口にしたら、大概の者は
同じ反応を示す。
俺は、ひよりそうになる自分を意識しながら、一語一語噛み締めるように言った。
「なのに、かれらを待って好機を逃したら、それこそ悔いが残る。
ジョウ。時間を無駄にするな。決断しろ」
ジョウは即答できなかった。目を伏せ、じっと自分の中の声に耳を傾けていた。その隣でアルフィンが静かな目で彼を見守っていた。
きっと今までもジョウが難局に直面した時、こんな風にこいつの言葉待っていたのだろう。揺ぎ無い信頼とたとえどんな決断を下しても、それに自分は従うという意志を込めて、アルフィンはジョウを見つめていた。
さほど時間は有しなかった。
ジョウはおもてを上げて、言った。
「わかった。一か八かはいつものことだ」
「やるか?」
俺が訊くと、強く頷く。もうその表情に、迷いはない。
「やる」
「3」へ
⇒pixiv安達 薫
ジョウが大事にしている娘(こ)だってのは、見てりゃすぐにわかった。
前に一度、ジョウのチームと飲んだとき、アルフィンと直接会ったのは、そんときが最初だ。
ジョウから紹介された時、思わず口がばかりと開いたまましばらく閉じられなかった。魂消た。あんまり綺麗な子だったんで。
噂には聞いてたけど、予想以上だった。
俺のチームの連中は完全に舞い上がった。ましてや彼女の出自が尋常ではない。元王女さまだなんて、それだけでちやほやしてかしづいてしまう。
なのにアルフィンはそんなアプローチは眼中にありませんといった風に、ジョウの隣にぴったりくっついている。他の男なんか、見向きもしない。まさにぞっこんといった感じだ。
微妙に白けた空気の中、俺のチームのやつがアルフィンの中座を見計らってジョウに言った。
ったく、目も当てられないぜ。おあついとこを見せびらかすために、わざわざあの子を呼んだんじゃねえよな?
ジョウはあからさまにむっとしてそいつを睨んだ。
そんなんじゃねえよ。
うん?
俺とアルフィンは、そういうんじゃないって言ってるんだ。
言って、ぐびりと強めの酒を煽る。
ジョウがさほどアルコールに強い方ではないと知っている俺は、あらら、と目をみはった。
なんか、複雑みてえだな。と思ったのを覚えている。
でもどう見ても、ただのメンバーって風には見えないぜ。大切な娘なんだろ?
店に入ってからこっち、ジョウがアルフィンの酒のペースを気にかけているのを俺は見ていた。飲み過ぎないよう、時々水を用意してやっている。大人数で飲む際に、なかなかできることではない。
ジョウはそこでなぜか渋い顔をした。
ーー色々あるだろよ、大切の種類が。こう見えても俺だって、あれこれ考えてるんだ。
ジョウはもとから饒舌な方ではない。いや、話好きだが、プライヴェートなことはあまり話さない。きっと酒の席でのとりとめのない会話を愉しむクチなんだろう。
そんなやつが見せた素の表情に、俺は心を動かされた。
ーー男と女のことで、考えることなんかあるかよ。
気がつくと、そう口を挟んでいた。
自分の気持ちなんて、押し倒してみりゃすぐに分かることだろうが。
ジョウは片方の眉を上げて驚いたように俺を見たっけ。
でたよ、プロディの「押し倒し」発言。うちのリーダーは女と見りゃすぐ押し倒したがるんだから参っちまうぜ。
仲間がげらげらと笑う。
ひでえ言われように俺はいきりたった。が、今はそっちに目くじら立ててる場合じゃねえと思い直し、ジョウに詰め寄った。
ーーいいか、ほんとだって。女として好きか、それともメンバーとしてなのか、押し倒すのが一番だって。一発で分かるぜ。
やってみな、ジョウ。だまされたと思って。
俺は言い募った。若干、むきになって。
ジョウは当惑顔を俺に向け、視線を手元のグラスに落とした。
乱暴なこと、言うな。そんなの、できるわけないだろう。
珍しく気弱な言葉に、俺はジョウの背をどやしつけた。ばん、と。
ジョウは器官に酒が入り込んで激しくむせた。
なに情けねえ声出してんだよ? お前は泣く子も黙る天下のクラッシャージョウだろが。女ひとりに手をこまねいていてどうするよ。んん?
ーーブロディ、お前なぁ…。
ジョウが何か言いかけようとしたとき、席を立っていたアルフィンが戻ってきた。ジョウがまだ咳き込んでいるのを見て
「どうしたの?」
と心配そうに顔をき込んだ。
ジョウは顔を赤らめて「いや、なんでもない」と手で制した。
自然と俺たちは会話の内容をすり替えた。それきりその話はうやむやとなり、俺がジョウに念押しする機会はなかった。
あれが、いつのことだったか。
たった数ヶ月前だったはずだ。でも、なんだかずっと昔のことのように感じる。
俺たちは、あの酒と喧騒と気の置けない仲間がいる場所から、何か、目に見えない不可避の力によって随分遠く離れたところに無理矢理連れてこられた。そんな気がしてならない。
まるで嵐に遭って船を失った者のように、この星の、この溶岩の残滓が固まった荒れ野に流れ着いた。
嵐は故意に誰かに仕組まれたものだ。それはもはや揺ぎ無い事実。
一体誰が? クリムゾン・ナイツか。それよりももっと大きな力が背後に働いているのか。そこまでは見極められない。
今は、まだ。
俺たちは、博士の奪ってきた地上装甲車内で車座になってこれまでのいきさつを話し合っていた。
ジョウの隣にはアルフィンがぴたりと寄り添っている。再会してからこっち、片時も離れようとしない。
まあ、装甲車の中がさほど広くないせいもあるんだが。きっと今もテーブルの下、見えないところでアルフィンはジョウの手に自分の手を重ねているのだろう。
ジョウも、敢えて今はアルフィンに好きなだけ甘えさせてやっている。そんな風に俺の目には映った。かなりの照れ性で、人前で女とべたべたするのは得意じゃないはずなのに、今だけは誰にどう思われようと構わないというようにアルフィンの好きにさせているのが少し不思議だった。
ジョウに寄り添うアルフィンを見ていたら、ふと尋ねてみたくなった。
なあ、あんた。あれから、ジョウとは男と女の関係になったのか、と。
俺は慌ててその言葉を打ち消す。こんなの、もろセクハラじゃねえか。
何をこんな、クリムゾン・ナイツだの、テュポーンだの、途轍もなく深刻な話をしているってのに、そんな馬鹿なこと思いつくんだ。
俺アいったいどうしちまったってんだよ。
自分自身に唾を吐きたい気持ちで、俺は言う。いたって深刻な声を、意識して絞り出す。
「こうしている間にも、インファーノに連れ込まれたクラッシャーがつぎつぎとテュポーンの餌食にされている。いま動けば、彼らを救うことが可能だ。それに、おまえたちも、もう時間がないんだろ。ぐずぐずしていると、タイムリミットが来ちまうぞ。それでもいいのか?」
「……」
ジョウは口を結んだ。その精悍な顔立ちに不似合いな陰りが射す。
ジョウが、こちらからクリムゾン・ナイツに打って出る決断に踏み切れない理由は、行方が掴めない他のメンバーにあった。同じリーダーである、俺には分かる。
だから、敢えて触れられたくないであろう部分に、俺は切り込まざるをえない。猶予がないのだ。
「そもそも、タロスとリッキーが必ずここに来るという保証も無い。テュポーンの手にかかったという、不快な予測もありうるのだ」
そこでアルフィンがこのミーティングが始まってから、初めて俺に視線を向けた。
非難がましい色が、綺麗なコバルトブルーの瞳に浮かんでいる。無理もない。仲間の無事を否定するようなことを口にしたら、大概の者は
同じ反応を示す。
俺は、ひよりそうになる自分を意識しながら、一語一語噛み締めるように言った。
「なのに、かれらを待って好機を逃したら、それこそ悔いが残る。
ジョウ。時間を無駄にするな。決断しろ」
ジョウは即答できなかった。目を伏せ、じっと自分の中の声に耳を傾けていた。その隣でアルフィンが静かな目で彼を見守っていた。
きっと今までもジョウが難局に直面した時、こんな風にこいつの言葉待っていたのだろう。揺ぎ無い信頼とたとえどんな決断を下しても、それに自分は従うという意志を込めて、アルフィンはジョウを見つめていた。
さほど時間は有しなかった。
ジョウはおもてを上げて、言った。
「わかった。一か八かはいつものことだ」
「やるか?」
俺が訊くと、強く頷く。もうその表情に、迷いはない。
「やる」
「3」へ
⇒pixiv安達 薫